03,




 ざわざわざわ、耳の奥まで染み込むような喧噪をどうやったら追い出せるだろう。はきつく閉じた目をゆるゆると開いた。脳裏にまた、リリーの少し悲しげな微笑みが見えたような気がして首を振る。
 
 はグリフィンドールのテーブルに座っていた。黄金の皿に盛られたチキンの丸焼と、その周りに敷き詰められた鮮やかな輝きを放つ野菜の盛り合わせ。かぼちゃジュースが注がれたグラス。他にも色とりどりの食事がテーブルの上に溢れていた。生徒たちは皆ぺちゃくちゃと、思い思いの相手との会話を楽しんでいる。少しくらいぼうっとしていても、誰も気づかずにいてくれる。それがありがたかった。は深く息を吐いて肩を落とした。テーブルに肘をついて、目を閉じる。目頭を押さえると、またさっきの情景が浮かんできそうだった。

「おい」

 突然、鮮明に声が届いた。とんとんと肩をつつかれて左隣を見ると、すぐ目の前に灰色の瞳が待っていた。思わず小さな悲鳴を上げてフォークを取り落とし、かちゃんという落下音に自分で驚いた。

「……何だよ、その反応は」
「え、あ、うん……何でもないよ。なあに?」
「いや……、別に」

 シリウスは料理に目を戻し、ローストチキンをさくさくと切り分け始めた。皿にはチキンしか乗っていない。もしかしてチキンが好きなのだろうか、と思いつつ、殺風景な自分の皿を見下ろして溜息を吐いた。ひとつ飛んで右にいるリリーの方をさりげなく見やると、向かいのジェームズに話しかけられているのがうっとうしいとあからさまに顔に出しながらポテトをフォークでつついていた。

 ハッフルパフ寮の向こう、スリザリンのテーブルにセブルスを見つける。明らかにジェームズの背を睨みつけていた。隣に金髪の上級生らしい男子生徒が座っていて、セブルスにしきりに何か話し掛けている。しかしセブルスは、言葉を発してそれに応じながらもじっとリリーとジェームズを観察していた。





 あーあ、と心の中で吐き捨てながら魔のトライアングルを眺めていると、手元でかちゃんと何かが置かれた音がした。見てみると、さっきまでニンジンだけだった皿に少々雑に切り分けられたローストチキンが5切れほど並んでいた。ふと左隣を見る。シリウスはあからさまにぷいとそっぽを向いた。思わずふ、と笑いが漏れてしまった。

「……何だよ」

シリウスはの口から何故か笑いが漏れたことに気づいて怒ったようにそう言った。そっぽを向いたままいらいらとしていたが、そのうちくすくす笑いが隣から聞こえなくなったのに気がついてそっと隣に視線を戻した。は黙ったまま、チキンをじっと見つめていた。

「……おい?」

 は唇を噛むと、すう、はあと肩でひとつ息をした。涙が出そうなのを必死でこらえる。目の前に並んだチキン5切れ。誰かが自分のために何かをしてくれること。例えチキンを切り分けて皿に乗せてくれる、そんな些細なことでも、には人の2倍も3倍も嬉しく感じられるのだ。


「……ありがとう」


 何とかシリウスの瞳を見つめてそう言えたとき、きっと自分は泣き笑いのような、変な顔をしているに違いないと思った。シリウスは僅かに目を見開いて、少し視線を彷徨わせる。そしてまたの瞳を見つめ返すと、ふと目を細めた。真剣で、優しい目だった。