秘密とか心とか過去とか何も教えてくれなくていいから、
だからもっとわたしを頼ってよ。

そうわたしが言うと彼はいつもきまって三日月のように身体を丸めて、
悲しそうに瞳を揺らす。
わたしは彼の微笑みに暗に「ごめんね」と言われたようで泣きそうになる。
そしてわたしも心の中で呟く。

ごめんね、支えてあげられなくて。




月夜に息をする





秋の陽光が射す湖に面した廊下を、はひとりで歩いていた。
湖のほとりの木の下で、美しい毛並みをした猫が頭に紅い葉を付けて伸びをしている。
がその光景に目を細めたとき、どこからか聞き慣れた声がした。しかし姿がない。
「ジェームズ、マント脱いでよ。見えないじゃない」
頬を膨らせてそう言うと、慌てたようにジェームズが透明マントを脱ぎ捨てた。

、僕はここだよ!」
「うぎゃあああぁぁぁ!!!」

真っ向から抱きついてくるジェームズの背中を、は「ギブ、ギブ」と叩いた。
ジェームズがごめん大丈夫かい僕のせいでうあぁと両肩を掴んで揺らしてくるので、
は「だ、大丈夫」と吐きそうになりながら答えた。

「それで、何の用事だったの?」
「あ、そうそう。リーマス見なかった?」
「リーマス?・・・うーん、見てないなぁ」
ジェームズの問いにどくんと心が波打ったけれど、はそれを顔には出さず答えた。
「図書室は探した?」
の問いにジェームズは、「見てみたけどいなかったんだ」とうな垂れた。
「それにリリーにも会ったんだけど、今日は機嫌が悪いみたいで・・・怒られちゃったし」
「え?どうして?朝は別に機嫌良かったけど・・・」
「『わたしに近付く暇があったら悪戯の後片付けでもしてきなさい』って」

その答えにはああ、と納得した。
リリーの機嫌が悪くなったのは、きっと朝のジェームズたちの悪戯が原因だ。

朝食が終わり生徒たちが授業の用意を取りに寮に戻ろうとぞろぞろと階段を登る途中、
どこからか大勢の悲鳴が聞こえてとリリーは顔を見合わせた。
まさかと思って声のした方に野次馬に混じって駆けつけると、
糞爆弾やら花火やら泡を吐き出す変な仕掛けやらがスリザリン寮の入り口の前に散らばっていた。
隣を見上げたときに目に入った、恐ろしい形相をしたリリーの横顔をは鮮明に思い出した。

「そういえばリリー、物凄く怒ってたよなぁ・・・」
「え?何?
「あ、ううん。何でもない」
慌てて首を振ると、ジェームズはからっと笑ってころっとリリーの機嫌のことは忘れたように、
リーマスはどこだろうと呟いてまたうな垂れた。
が「わたしも探すからさ。元気出して、ジェームズ」と言うと「でも・・・」と珍しく遠慮の念を覗かせたが、
「どうせわたしもサボり中だし、ね?」というの言葉に顔を輝かせた。

そう、今この時間、本当は魔法薬学の授業中のはずだった。
しかしは朝から完全に授業に出る気はなく、
リリーに「ちょっと用事」と言って授業に向かう列から外れてきたのだった。



角を曲がったところで、誰かと肩がぶつかった。
「「あ」」
お互い同じタイミングで声を出したのが何だか面白くて、ふたりしてくすくすと笑った。
「こんなとこで何やってんだ?
「シリウスこそ。授業は?」
まぁジェームズがサボってたんだからシリウスもサボってるんだろうとは思っていたけれど。
「お前に言われたかねぇな」
「うるさいなぁ。早く手どけてよ」
「どけない」
「うざい」
「う、うざいってお前・・・」

シリウスは愕然としての頭に乗せていた手で自分の口を塞いだ。
綺麗な灰色の瞳が潤んだのは一瞬で、の頭に今度は顎が乗せられた。
「いーたーいー」
「もっと痛がれ!うりゃうりゃうりゃうりゃ」
「最っ低!この幼稚男!」
「うるせぇ貧乳!」


「ゴホン」


ふたりで髪やらローブやらを引っ張り合いしていると、
ニコラス卿が咳払いをして恨めしそうにこちらを見ながらすいーと通り過ぎていった。
シリウスが「うるせんだよ」との頭を小突くと、
も負けじと全体重を踵に乗せて思いっきりシリウスの足を踏みつけた。


悶え苦しんでいるシリウスに一応リーマスの居場所を尋ねてみるが、使い物にならなかった。(酷)
は盛大な溜め息を吐きながら来た道を戻り湖を囲む野原へと足を踏み出した。
「・・・あれ?」
ふと見ると、先程猫が伸びをしていた、向かって右手の木の下に人が見えた。幹にもたれて眠っている。

「リー・・・マス、だよね」

歩みを進めるに連れて確信に近いものが湧いた。
湖の方に足を投げ出しているため左の後頭部しか見えないが、あの輝く鳶色は間違いなくリーマスだ。
「おーい」
覗き込むと、紅葉した葉の間から零れた光がリーマスの頬に睫毛の影を長く落としていた。
「・・・おーい」
声を掛けても、規則正しい穏やかな呼吸の音しか返って来ない。
どうしよう、とは首を傾げた。
「おーい、リーマ・・・ス!?」
本当に寝ているのだろうかと「マ」で顔を近づけた瞬間、ぐんと腕を引っ張られ「ス」が裏返った。
気付くと目の前には湖があり、左斜め後ろにはリーマスの顔があった。その表情が悪戯っぽく笑う。
「引っかかった」
その顔から慌てて顔を背けると、はじっと今の状況を整理しようとした。
?」と不思議そうに問う声が後ろからしたような気がしたが、の耳には届いていなかった。

えーと、ジェームズを手伝ってリーマスを探しててここで寝てるのを見つけて、
呼んでも起きないからもうちょっと近付いて呼ぼうとしてそれから・・・。
そこでリーマスの足の間に座っている自分に気付き、の顔は火が点いたように赤くなった。
おまけにリーマスが長い腕を回してしかも片腕でやすやすと引き寄せるので、
心臓が口からすぽんと音を立てて飛んでいきそうだった。


「ジェームズが探してたよ」
「うん」
「行かなくていいの?」
「うん」
「泣いてたよ、足元に水溜りが出来てたもん」
それはちょっと、とリーマスが喉の音でくつくつと笑った。そして今度は両腕をの前に回す。
これは逃げられないな、と思ったは諦めたようにリーマスの肩に身体を預けた。
「リーマス」
「うん?」
「わたし、ここにいてもいいの?」


沈黙が降りたので、はリーマスの顔を見上げた。
リーマスはいつものように悲しそうに瞳を揺らすと、苦しそうに微笑んだ。
鳶色の髪がの額に触れる。前を向くと、左肩にリーマスが頭を埋めた。
「泣いてるの?」
率直に問うと、リーマスはふるふると頭を振った。
「・・・ねぇ、
「うん?」
「僕のことは嫌い?」
今度はが首を振る番だった。



こんなことを言ったらまたあなたは泣き出しそうな顔をするのだろう。



秘密も心も過去も話してくれなくていい。
だから傍にいさせてよ。


ねぇ、お願い。大好きだよ。






End




[あとがき]

はいー、リマさん初短編です。
「秋のそらいろ」の次に書いたのがこれだと思い出しました。
連載も上げたいなぁ。

080108[Tue]