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神よ 醜いものはお嫌いですか 惨めに足掻く僕に価値など無いのですか こんな僕が彼女を愛するなど、あってはならない罪なのですか YOWL 「僕ね、人狼なんだ」 少しでも身動きすればとろりと絡みついてきそうな闇の中。 私はとある男子寮の一室で、窓を背にして置かれたソファの前に突っ立っていた。窓の向こうの夜空にはうっすらと雲がかかっていて、隙間からちらほら星が見える。真正面に浮かんだ小さな雲は、その向こうの月を背負って淡い光に縁取られていて。私はそれをぼうっと眺める。 「人狼なんだよ。狼人間」 くらりと眩暈がして、一瞬目を閉じる。 ソファに座って秘密を吐露する少年の表情は、星々の弱い光で逆光になっていて。それに少し俯き加減に話すから、部屋に充満した闇に紛れていってしまう。―――――あの綺麗な瞳も、声も。 肘を膝について前屈みになったその背中を見下ろしてみる。 抱き締められたとき腕を回したその背の広さに、驚いたこともあったっけ。こんなに華奢で色も白くて、なのにちゃんと「男の子」だった。 「知ってた?先輩」 どこか無邪気に尋ねられた問いに、私はゆるゆると首を振る。 「知らなかったよ」 音もなく雲が切れていくのが見えた。 現れた半月を見つめながら、私はリーマスの綺麗な細い指を思い出す。太陽に煌く鳶色の髪を思い出して、まるで彼の淹れる紅茶のように穏やかな微笑みを思い出した。 「じゃあどうして、僕なんかと一緒にいたの」 もう一度視線を下げると、彼が私を見上げていた。 ―――――知らなかったって、言ったのに。 何でもお見通しだな、と、リーマスの少し寄せられた眉間をぼんやりと見る。 「傍にいたかったから」 「嘘はよくないよ」 「嘘じゃない」 「嘘だ」 「じゃあ何だっていうのよ」 リーマスは私の瞳を見つめたままぐっと顎を引いた。 じゃあ何だっていうのよ、と私はもう一度呟く。 ざわざわと、窓の向こうで夜に染まった黒い木々が揺れた。 私はそのままじっと立ち竦んでずっと足元を凝視した。この部屋から今すぐにでも逃げ出したかった。真昼の陽光に晒されたかった。何も言わずに済むなら、それで。 深紅の絨毯。1個下の男の子たちの部屋。微かな香水のにおい。その辺に散らばったお菓子。大きな箱にぎっしり詰まった悪戯道具。きちんと並んだ本の背表紙。 慣れない空気を払拭して目の前の少年の手を取って、後ろのドアを飛び出したい衝動に駆られてぎゅっと目を閉じた。そのくせ動こうとしない自分の足が恨めしかった。 「僕が怖くないの?」 長い沈黙のあと、リーマスがそう口を開いた。 「・・・リーマス、」 「本当のこと言ってよ」 口調に力が込められて、私はふと目を上げる。 リーマスはいつの間にか、伏せていた目をこちらに真っ直ぐ向けていた。怖くなんかない。怖くないよ、リーマス。そう言いたいのに言えないということは、やっぱり私は人狼である彼を怖れているということなのだろうか。 「僕が満月の夜、どんな姿になるか知ってる?」、口早にリーマスは話し出した。 「牙が生えて爪が伸びて、自分が自分でなくなるんだ。意識なんかどこかへ行って手当たり次第に植物も動物も引き裂くんだよ、この手で。それに」 ―――――――――それに。 リーマスはそこで言葉を区切ると、苦しそうに眉をひそめてまた目を伏せた。 私はたまらなくなって手を伸ばすけれど、震える肩を見て思わず引っ込めた。彼はゆるゆると顔を上げて、私を見上げる。口を開きかけて、閉じる。 言ってしまいたかった。 ねぇ、何も言わなくていいよ。だから、そんな顔をしないで、と。 「先輩、本当は僕が怖いんだろう?」 自嘲気味に響く声に私は目を閉じた。先輩というのは名ばかりで、私は彼の支えになれたことなんてなかった。私がもっと余裕を持った、大人な人だったら。その悲しそうな瞳が揺れるたび、彼の手をそっと取って大丈夫よと優しく声を掛けてあげることが出来たのかも知れない。ただ隣にいるだけ。それだけじゃ駄目だったのかも、知れない。 もっと私の気持ちを伝えることが出来たなら、こんな質問をさせずに済んだかも知れないのに。 「・・・私は」 言葉を紡ぐのにこんなに躊躇ったことなんてあっただろうか。 「私は、みんなに嫌われるのが怖い」、そう私が言うと、リーマスが不思議そうに顔を上げた。 「両親や友達に嫌われて、ひとりになるのが怖いの」 何を言っているのか、何が言いたいのかわからないまま、言葉を続ける。 「・・・人狼化したリーマスを想像すると、怖いよ。確かに怖い。リーマスが人狼だって知ったときも、びっくりして怖くかったし、隣にいるのを躊躇ったりした。でも」 視線を彷徨わせて捲くし立てていた口を閉じて目を上げると、リーマスの瞳がじっと私を見つめていた。でもどこか悲しそうで、きっと「怖い」、と私が言い切ったからだと思う。 私は彼にそんな表情をさせたくなくて、ずっと前に自分の中で見つけ出した答えを、一気に吐き出した。 「それでも私にとってリーマスはリーマスだし、人狼なんてことよりも、私はリーマスに嫌われる方がもっと怖い」 だからリーマスのことは怖くない。ただ、あなたに嫌われるのが怖い。その瞳が、声が背中が腕が、いつしか私を拒絶するかも知れないと思うと、怖くて怖くてたまらない。 きっと今日というタイミングで秘密を話そうとしたのは、私のためを思って。これ以上私と近付いたら、いつか私が傷つくと思ったんだ。だから私を今のうちに突き放してしまえばいい、って、そう思ったに決まってる。勝手に自分の中でそうやって完結させて、私がリーマスを嫌いになるように秘密を告白したんだ。 でも私は彼の秘密をもうとっくに知っていた。考えて考えて、自分なりに答えを出して、そばにいた。 それなのに、もう相手が傍にいないとさみしくてたまらないって頃になって、突き放そうとするなんて。私は何とも言えず悲しい気分だったはずなのに、何だか腹が立ってきて。それを抑えるかのようにふと息を吐いた。 「嫌いになったって言ってよ」 呆然と私の顔を見ていたリーマスが、弾かれたように目を見開いた。 「私を突き放したいなら、嫌いになったって言って」 私を見上げたまま、リーマスは悲しそうな顔でゆるゆると首を振った。 「言えない」 「どうして?」 ふと口をつぐんで、私の顔をまじまじと見つめた。 「先輩」 「何?」 「僕は人狼なんだよ」 「だから?」 即答した私に絶句する彼に、私はもう一度言葉を浴びせた。 「私の中ではとっくに答えが出てるんだってば。だから今までこうやって、傍にいたの。私はみんなに嫌われるのが怖いって言ったけど、リーマスに嫌われるのが一番、怖い」 私はリーマスの正面に膝をついて、組まれていた両手をそっと握った。 「リーマスは私のことが嫌い?」 彼は苦しそうにその端正な顔をしかめて、「そんなわけない」と呟いた。 「じゃあ、傍にいさせて」 リーマスは私の手を解くと、前に乗り出して私を抱き締めた。 、と、普段は恥ずかしがってふたりきりのときだけ口にする、私の名前を呼んで。 「ねぇ」 「うん」 「好きなんだ、 のこと」 「・・・うん」 「だから」 ぎゅ、と更に強く抱きしめられて、耳元で小さな嗚咽が聞こえた。 それよりももっともっと小さな声で、リーマスがひっそりと呟く。私は静かに頷いて、彼に回した腕に力を込めた。 「僕を嫌いにならないで」 [あとがき] 久々に短編upです! 結構温めていたものなので最後まで書けて良かった・・・。 [080209] |