ドリーム小説
どうして満月はあなたを照らすのだろう
美しく、そして深々とした闇を裂いてまで
あなたの瞳が今日も 揺れる
05:秘密の在り処
薄暗い2階の廊下を、はある人物の姿を捜して早足で歩いていた。
手には板チョコを半分に割った物を大切そうに持っている。
今日の授業はもう終わったので、シリウスは寮に置いて自分だけまた出て来たのだ。
チョコレートをたまにそっと指で押さえて、熱で溶けていないかを確かめた。
「リーマス、どこ行っちゃったんだろう」
立ち止まってきょろきょろと見渡すが、しんと静まり返った廊下には誰もいない。
心細くなって、帰ろうと寮の方へ一歩踏み出したとき、眼下の湖のほとりに人影が見えた。
慌てて、近くにあった階段を駆け下りる。
「リーマス」
背後から声が掛かって、リーマスははたと我に返り驚いたように振り返った。
薄闇はもうほとんど夜へと姿を変え、昼間とは打って変わって分厚い雲が満月であろう月をひた隠していた。
湖は、緩やかに凪ぐ風に静かなさざなみをたてている。
リーマスは苦しそうに小さく咳をすると、に向き直った。
「・・・どうしてここにいるの?」
「どうしてって・・・捜してたから、だけど」
「僕を?」
「そう」
僕を捜してたの?ともう一度問うのでが頷くと、リーマスはくしゃりと嬉しそうに笑った。
珍しい笑顔なのではぼけっとその表情に魅入ってしまい、「?」と呼ばれるまでそのままだった。
「あ、えっとね。これ、渡そうと思って」
「チョコレート?」
「そう。今日、何か元気ないみたいだったから」
そう言うとが両手を差し出すが、それを受け取りかけたリーマスの表情がさっと曇った。
足元の芝生に、ふたりの影が落ちたのだ。
リーマスはばっと背後の空を見上げる。
先程まで分厚く垂れ込めていた雲が、僅かに途切れようとしていた。
その隙間が、少しずつまばゆい金色から目に染みる白へと変わってゆく。
リーマスは「だめだ」と小さく呟くと、目を伏せたまま強く言い放った。
「、寮へ戻って。早く」
「え・・・リーマス?」
「早く行って」
「リーマ・・・」
「!!」
はもう一度リーマスの名を呼ぼうとしたが、それは背後から聞こえた声に掻き消された。
「シリウス?」
「、寮に戻るぞ」
「え、どうして?」
「いいから来い、早く!」
そう言いながらの手を引こうとするシリウスも、ちらと頭上を一瞥する。
「でもリーマスは・・・シリウス、痛い!離してよ!」
ゆったりと雲が途切れようとしている。
繋いでいた手を、離そうとするかのように。
このままでは埒が明かない、シリウスはそう判断して箒を呼び寄せた。
それにもう、城まで走っていては間に合わないだろう。
シリウスはぐっと眉根を寄せた。
――――もっと早く来ていれば!
「待って、シリウス!」
「うるせぇ、さっさと乗れ!」
「でも!」
「早く!!」
わけがわからず半泣きになるの腕を引っ掴んで強引に後ろに座らせた。
の手から、チョコレートが滑り落ちる。リーマスが、と力無くが呟いた。
その次の瞬間には、シリウスとを乗せた箒は地面から飛び立っていた。
佇むリーマスの姿が下へ下へと小さくなっていく。
はシリウスのローブを引っ張り、涙声で叫んだ。
「戻って、シリウス!何なのよ!降ろして!」
「だめだ」
「どうして?何で・・・何なの?教えてよ!」
返事は返さない。
シリウスは遥か下の地面にを乗せた自分と箒の影が落ちているのを、唇を噛み締めて見下ろした。
「ここからは一人で帰れるな」
シリウスはの両肩に手を置くと、覗き込むようにして小さく呟いた。
は俯いたまま動かない。前髪をかき上げてやると、頬に静かな涙が伝っていた。
「リーマス、泣きそうな顔してた」
「・・・」
「泣きそうな顔、してたの。・・・ううん、きっと―――」
そこで言葉を切ると、は先程の倍の涙を流しながらシリウスを真っ直ぐ見つめた。
「わたし、戻らなくちゃ」
シリウスは静かに首を振ると、苦しそうに目を伏せた。
「だめだ」
「シリウス・・・?」
「行っちゃだめだ」
「どうして?」
「・・・だめなもんはだめなんだよ。行くな」
シリウスの言葉に噛み付くように問いかけるの腕を、シリウスはきつく掴んだ。
は痛いとも言わずに、目に涙を溜めたままシリウスを見上げた。
いや、睨んでいた。
「行けばきっと、リーマスが傷つく」
「・・・シリウス、それってどういう―――――」
「あいつには、俺らがついてるから」
な?とシリウスが諭すように言うと、は足元に視線を落とした。
小さく肩が震える。
「?」
「・・・るい、よ」
「え?」
「ずるいよ。ジェームズもピーターも、シリウスも」
「・・・」
一度目を上げただったが、シリウスの訝しげな表情をみてすぐに瞳を逸らした。
肩も、唇も、小さく震えている。
「友達なのに、わたしはリーマスのこと何もわかってあげられない」
「」
「リーマスが苦しいとか辛いとか思ってること、何も知らない」
「、」
「そんなにわたし、頼りない・・・?」
自分を見上げるの苦笑いにも似た微笑みに、
シリウスは耐え切れなくなっての震える肩を引き寄せて抱き締めた。
「わたしリーマスに、友達って思われてないのかな・・・」
腕の中で、のか細い声が漏れる。
シリウスはきつくきつく目を閉じて、小さく首を振った。
違う、そうじゃない。あいつはそんなこと思ってなんかいない。
掠れた声で、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「そんなわけ、ねぇだろ・・・」
ただ少し、まだほんの少しだけ、お前に嫌われるのを怖れているだけなんだ。
いつか全てを話してしまえる日が、
お前をそっくり信じられるようになる日が、来るはずなんだ。
その時、禁じられた森の方角から、怒号にも似た狼の遠吠えが響き渡った。
木の根を踏み砕き、葉を蹴散らせ進む音がする。
続いて風のように駆け抜ける蹄の音が、地鳴りのように響いた。
シリウスはそっとの体を引き離すと、長い指でその涙をすくった。
その涙が、最後の一滴だった。
真っ直ぐ目を見つめてくるに「じゃあ俺、行くわ」と軽い調子で声を掛けると、シリウスは箒を拾い上げた。
「シリウス」
「うん?」
「・・・ありがとう」
はそう言うと、にっこりと笑って深く息を吐いた。
「例えリーマスが今すぐに話してくれなくても、わたしは諦めない。ずっと待ってる」
シリウスは目をぱちくりさせたあと、「おう」と言って地面を蹴った。
遠のく後ろ姿をちらと見やると、自然と苦笑が漏れる。
「・・・その言葉、あいつに直接言ってやれよ」
空を見上げれば、透き通るような満月がそこにいた。
シリウスはその姿にべーっと舌を出すと、禁じられた森へと急降下した。
Next(coming soon...)
05:あとがき ※反転してください
1番書きたかったシーンが書けました。5話です。
段々犬が相手みたいになってきてますね。
それにしても・・・ちゃんと書きたいことが伝わったんだろうか。
[080117]