「あなたは何もわかっちゃいないんだ」


わたしがそう言われる筋合いなどどこにも見当たらないのだけれど、
とりあえず、ハシバミ色の瞳はずっと、脳裏にしがみついていた。






二番手のターコイズ





生まれてこの方男になんて運が無かった。数もだけれど、内容の面で。

3年生のときに初めて出来た彼氏は最悪な奴で、あまりにプレゼントをせがみやがるから教科書の角で滅してやった。4年生の最後のほうに出来た彼氏は石ころが大好きで、何かあるたびその辺に転がってそうな石の詰め合わせをくださったから部屋がいっぱいになって、でもちゃんと手を振って別れた。5年生のときに出来た彼氏は2人いたけれどもう忘れた。いなかったことにする。

そして6年生になって1ヶ月とちょっと経ち、わたしには今、付き合って数週間経つ彼氏がいた。





「何であいつなの?」

放課後の図書室。
後ろから声が掛かって振り返ると、1個下のはんさむぼーい、シリウスくんが立っていた。


「何で、とは?」
「そのまんまの意味で。何であれなんだよどこがいいんだよあんな奴のどこが」
「め」


わたしがそう一文字漏らすと校内一のはんさむぼ(略)のシリウスくんは「は?」と口を開けた。


「眼が好きなのよ眼が。ていうか瞳の色」




わたしが好きな瞳の色、淡いターコイズブルー。
そうそれはわたしから男運を奪ってしまう、美しくも残酷な色。なんて言うと何か格好良いんだけど、とりあえずわたしは見かけで男を選んでいると言われてもいいいやなやつなのだ。

中身とか知らずに瞳の色に恋をして、機会があれば付き合って一緒にいるときはずっと瞳の色を眺めている。あの汚れの無いサンゴ礁まで見えてしまいそうな海の碧色の瞳。

今まで恋人にしてきた人の瞳の色は、みんなみんなターコイズブルー。




「馬鹿みてえ」

ふと漏らされた呟きに、わたしはむっと眉を寄せる。
ああそうですよどうせ馬鹿みたいですよ。そうやって選んだ相手が惚れ惚れするような中身の男だったらまだ良かった。だけどそうじゃなかった。


しかしながら今回は違うのだ。


「そうやって言うけど、彼は瞳だけじゃない。とてもいい人なのよ」
「最初のうちだけだろ」
「よくそんなことが言えるわね。しかも1個上に向かって」
「ひとつしか違わない」
「でも1個も違うわよ」



たかがひとつ上、されどひとつ上。
1年も違えばステータスも人生観も何もかも変わってくる。そうでしょ?彼は静かに頷く。


「けど俺は、ただあなたが心配で」



わたしはその言葉に胸が詰まって、思わずページをめくる手を止めた。わたしが本を抜き出した本棚の向かい側の窓辺に背中を預けて、シリウスくんは深く息を吐く。




彼はいつも、わたしを「あなた」と呼ぶ。
タメ口でえらそうなくせに、とても優しい声で「you」って、丁寧に言うから。だから戸惑ってしまう。彼に「あなた」と呼ばれるたび、どきどきと心が早鐘を打つのも、また事実。

寮も違うくせに、わたしたちレイブンクローを「カタブツ」とか言ってたりする獅子どもの一員のくせに、何だか知らないけれど、彼はよくわたしと一緒にいる。でも誰も噂なんて立てない。みんなわたしと彼が一緒にいるところを、あまり見ないからだ。わたしが辛いときや悲しいとき、どこかでひっそりと溜め息を吐くと、彼がやって来る。


「心配なんていらないわ。今までだってうまくやってきたんだし、今回は・・・」
「今回は?」
「・・・・・・きっとうまくいくもの。彼は今までの人と、違うから」
「あっそ」




冷たく言い放つと、シリウスくんはもたせかけていた背を真っ直ぐにして、「じゃーね」と短く言った。さらりと、艶やかな黒髪がなびく。少しはねた襟足。片耳だけ開いたピアス。


その小さな宝石の色は、ターコイズブルー。




わたしはそれを見るなりシリウスくんの腕をはっと掴んだ。
シリウスくんはわずらわしそうに振り向いて、「何」と不機嫌な口調で言う。わたしはそれに驚いて目を瞬かせ、それを見たシリウスくんはふと表情を緩めた。


「どうした?」


でもわたしは首を振った。いつから彼は、こんなものを付けていたのだろう。普段は耳にも髪が掛かって、ピアスなんて全然見えなかった。しかも、ターコイズブルー?

じっと見つめていると、シリウスくんは少し腕を引いてわたしの手を離させた。わたしはふと狼狽える。




どうして、そんな傷ついた顔をするの?









「あなたは何もわかっちゃいないんだ」

少年の「you」は少しきつい声音だったけれど、彼の印象からして「あんた」は無い。でも心の臓は、ゆったりと一定のテンポを保っている。けれどそんなことはどうでも良くて、彼の表情は至って真剣で。しかも少年はシリウスくんといつも一緒にいる、あのジェームズ・ポッターだった。


「いきなり何の用かしら」
「もう少し人の気持ちとか察するべきだ」
「話が見えないわ」
「それは失礼」



何この子。わたしは怪訝に思って眉を寄せた。
今まで話したこともないのに、どうしてこんなつっけんどんな言い方をされなければならないのか。しかも説教くさいニュアンスだし。意味がわからない。

それに、新しい恋人とは結局昨日別れてしまった。今回こそは、だなんて。最短記録だよ、しかも。わたしは内心いらいらしながら次の言葉を待つ。

じと、と彼を見つめると、廊下に柔らかな陽光が射し込む中彼は困ったように頭を掻いた。


「すみません、いきなり」
「・・・別にいいけど。順序立てて話してくれない?ポッターくん」
「僕の名前をご存知なんですか?先輩」
「ええ、もちろん」


にっこりと笑って見せると、ポッターくんもにっこりと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた。すみませんと謝ってきたのだから、さっきのはたぶん気が立っていてつい言ってしまった、というところだろう。


「先輩はターコイズブルーの瞳の人としか付き合わないとか?」
「あら、知ってるの?」
「知ってますよ。シリウスに聞いたので」



―――――「シリウスに聞いたので」。何でそんなことを喋っているんだ。



「そういや何週間か前に、シリウスの奴、耳に穴開けて悶絶してました」
「ああ、そういえばこの間、ピアスをしてるのを見たわ」


わたしがさらりとそう言うと、ポッターくんは「そうですか、見・・・え、見たんですか?」と彼には似合わず動揺した。しかし次の瞬間には悪戯っぽい笑みを浮かべて、わたしに問う。


「石の色は、何色でした?」
「・・・・・・綺麗な、ターコイズブルー、だった」




穏やかに揺れる髪の隙間からのぞいた海の色。
きらきらと埃が舞う中、息を呑むわたしと、傷ついたように目を細める、シリウスくん。


急に胸が締め付けられるように苦しくなった。わたしは彼に何をしたのだろう。そもそも彼にあんな顔をさせる原因は、わたしなんだろうか?

脳裏から離れないターコイズブルー。ただあなたが心配で。優しく放たれた3文字。



「あいつ、『俺はターコイズブルーの瞳じゃない』、って」

ポッターくんはひとりごとを言うかのように口を開いた。

「このままじゃきっと一生、先輩に好きになってもらえない、って」
「そんな」
「だから言ったんです。『あなたは何もわかっちゃいないんだ』」



ポッターくんの瞳はそれはそれは綺麗なハシバミ色で、わたしはその瞳をぼんやりと見つめながら、図書室を出て行くシリウスくんの背中を思い出した。いつだったか、真摯なターコイズブルーに恋をして、振られたとき。一度だけあの背中にしがみついたことがあった。ローブが涙でびしょ濡れになっても、シリウスくんは何も言わなかった。ただ、ずっとわたしの手を握っていた。

いつもわたしを見つめて目を細めるシリウスくんの、淡いグレーの瞳に。無性に会いたくなった。
ポッターくんにお礼を言うと、わたしは軽やかな足取りで走り出した。










「見つけたーっ、と」

そう言うなりわたしは野原に倒れ込んだ。ぜいぜいと息をして、10月の空を眺める。まだお昼どき。天気は良好。湖の水面はきらきらと輝いていて、わたしはにししと笑う。


「大丈夫か?色々と」


シリウスくんが結構失礼なことを言いながらわたしを覗き込む。木の幹にもたれて座っていたのに、倒れ込んだわたしの右隣に座りにわざわざやって来た。その腕をついと引っ張る。


「何?」
「ピアス、見せて」


仰向けに寝転んだまま来い来いと手招きすると、シリウスくんは座った体勢で左手を地面についたままわたしに顔を近づける。さらりと彼の黒髪が垂れて、もうすぐ頬をかすりそう。

わたしは手を伸ばして、シリウスくんの髪の間をすり抜けターコイズブルーのピアスにそっと触れた。シリウスくんはくすぐったそうな顔をしたけれど、わたしの顔をじっと見ている。


「・・・・・・こんなこと、しなくていいのに」




ふいに、言葉が漏れていた。こんなことしなくていいのに。ターコイズブルーのピアス。痛かっただろうな。ポッターくんが「悶絶」とか言ってたし。ほんとにさ。こんなことしなくたって、わたしは。


―――――わたしは?




シリウスくんはわたしの言葉に目を見開いて、また悲しそうに目を伏せて「わかってるよ」と吐き捨てるように言った。わかってるよ。ん?何が?


「こんなことしたってあなたが俺に興味持つわけないって、知ってる。それでも」


ふいと逸らされたグレーの瞳に芝生が映って、若草色へと姿を変える。

何て綺麗なんだろう。わたしは内心嘆息する。ターコイズブルーはただその色だけでも綺麗。けれどシリウスくんの瞳は、たくさんの色と交じり合って、また新しい色を創る。新しい美しさ。



「あなたが好きなんだ」



どうしようもないくらい。と、シリウスくんは囁くように言う。
わたしはまたもや締め付けられる胸をどうにかしようと、ぎゅうと手を握り締めた。秋のにおい。シリウスくんの向こうに見える、晴れ渡った10月の青空。逸らされたグレーの瞳。


「もっとよく見せて」


わたしがそう言うとシリウスくんは、怪訝そうに眉を寄せて「もういいだろ」と呟いた。これは俺の自己満足。ただの願いだよ、と。

わたしは離れていこうとする彼のだらしなく締められたネクタイをぐいと引っ張る。シリウスくんはバランスを崩して、覆いかぶさるように右手をわたしの顔の横にやった。


「彼氏に見られたら誤解されるぜ」
「構わないわ。別れたもの」
「別れ・・・?え?」


シリウスくんは目をぱちくりさせて、わたしはその顔にくすくす笑う。また手を伸ばして、反射的に閉じられた彼の瞼を、親指でそっとなぞった。



ねぇ、わたし、気づいたのよ。



「この瞳が、わたしの一番好きな色」









[あとがき]

シリウスに「あなた」って呼ばれたかっただけ…。

[080224]