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舌に残るざらつき 自惚れたコーヒーのにおい 宛てのない寂莫 Re:tune? ゆらゆらと水面が波打った。 俺はずっと遠くの星を睨みながら、一歩、また一歩と湖に腰を沈めていく。 「さみーなー…」 何て空気の読めていない台詞なんだろう。自分で苦笑する。 広がるのは12月の夜空。今、胃のあたりが浸かった。溶けていく息は限りなく白い。マーピープルたちは何故こんな夜でも、先の見えない凍えた液体の中で生きていられるのだろうか。 水面に目を落とすと、鏡のようなそこに白銀の半月が映り込んでいた。そして表情を失くした俺が、じっとこちらを見つめて、いて。 何もかもがたまらなく嫌になって、掴み取ることなど永遠に出来はしない鏡に拳を叩きつけた。 「死ぬの?」 意識を失くしたかのように突っ立っていると、ふと横に気配を感じて顔を上げる。左側頭部に確かな感触を受けて、そちらを見やった。 「入水自殺って、はやらないよ。今どき」 「…」 どうでもよさそうにその白く折れそうに細い指で俺の髪をもてあそぶ。箒に横座りしたまま、水面ぎりぎりにふわふわと浮かぶ少女。―――――・。 俺の親友のひとりであり、リーマスの恋人でもある。 「こんな夜中に何やってんだお前」 「そちらこそ」 「帰れよ。リーマスが心配する」 俺が吐き捨てるように言うと、は不快そうに眉をひそめた。じっと俺の目を見つめたまま、「そうね」と他人事のように呟いて、俺の頬に手を滑らせる。 そしてまるで、小さな子どもが交わす約束のように。そっと囁いた。 ―――――――どうしたの、と。 目を上げれば、出会った日と何ら変わりのない一対の瞳。相変わらず頬に添えられた手は、湖の水よりも冷たかった。氷みたいに。 「一緒に死んでくれる?」 ふと俺がそう零すと、は少し目を見開いた。 そして無表情だったその整った顔立ちに、やっと悲しそうな微笑みを浮かべた。 その表情を見、ふと自分の言ったことに後悔を覚えた、次の瞬間。 はその身体を、箒から滑り落とした。そして驚く俺の手を引っ掴んで、自分もろとも湖に引きずり込んだ。 水の中で目を開けても、真っ暗での表情は見えない。 ぐいぐいと引っ張られ、足が底につかないところまで来ていた。と、俺の手を掴んでいたの手がふと緩み、そちらを振り向く。射し込む月光が、ゆらゆらとの顔に水面を映し出していた。 は先程浮かべた微笑みのまま、ゆっくりと口を開く。鈍い音を立てて、その唇の隙間から小さな泡が昇っていった。きらきらと瞬いて。 「ばいばい、しりうす」 声は聞こえないのに、口の動きははっきりとその言葉を伝える。 の手が完全に、俺から離れた。 それからは、息の苦しさも気にせずにの腕を掴んで無我夢中で泳いだ。浅いところへ着くまでには何度も抵抗したが、俺は指に力を込めて離さなかった。 水面がやっと俺の腰の高さのところまで来たとき、やっと立ち上がることが出来た。 がげほごほと咳き込むのも構わずに、その折れそうな身体を抱き締める。細い腕が背中にまわって来て、俺のずぶ濡れのローブをぎゅっと掴んだ。 同時に心臓が音を立てて飛び跳ねて、俺は思わず唇を噛む。 馬鹿みたいだと思った。これじゃあ、今まで隠してきたすべてが台無しになるじゃないか。何のためにへらへらとくだらない付き合いを繰り返してきたと思っているんだ。親友を裏切るつもりか。 今すぐに肩を押せ。さあ、早く。 それでも腕の力は緩められなかった。せめてこの瞬間だけは、と。 そうしているうちに、がまた小さく咳き込んで、俺ははっと我に帰る。そしてついさっきのの行動を思い返して、頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。 手と手が、離れたとき。 がそのまま、暗闇に消えてしまいそうな気がした。 「…何なんだよ…」 ついそう漏らすと、は呟く。「だって」。 「だってシリウス、一緒に死んでほしいって言ったから」 「…ほしいなんて言ってねぇよ」 「でもそう聞こえた」 俺が何も返せずにいると、は俺の胸に頭を摺り寄せて深く息を吐いた。俺はその細い肩を抱く腕に、力を込める。この心臓が破裂しそうなくらい高鳴っていることに、は気付くのだろうか。 「リーマスが見たら、何て言うかなぁ」 がくすくすと、自嘲気味に笑う。わたしって、最低な女。 ―――――でも、ね。 「きっとリーマスは、良かったねって、言ってくれるんだ」 「…え?」 「知ってるの、あの人は。わたしのことを好きでいてくれるから、気づいたんだと思う」 俺は訳が分からず眉を寄せて、相変わらずその身体を抱き締めたまま次の言葉を待った。 「たくさん傷つけちゃった、わたし。リーマスのこと。でも絶対、これだけは事実なの。変えることなんて出来ない。ごめんね。もしわたしのこと、親友だと思ってくれてるなら」 はすっと深く息を吸い込んで、言った。 「わたしはあなたを、裏切ることになる」 はぐいと俺の胸を押して、その身を遠ざけた。 俯いていたかと思うと、顔を上げる。嗚咽も漏らさずに、は泣いていた。俺はその涙を拭おうと、手を伸ばす。それをやんわりと拒んで、はぐっと俺のネクタイを引き寄せる。―――――そして、触れるだけのキスを。 呆然とする俺に、泣きそうな顔で微笑んで。(実際に、泣いているんだけど) はそっと俺の腕を押した。(軽く触れた程度だったけれど) 「ごめんね、シリウス。好きだよ」 俺はたまらなくなって、またその腕を掴んで引き寄せた。が声を上げて泣き出す。ごめんねと、何度も何度もは言った。 「謝るな」 俺はそう、呟くように搾り出した。 「でも」 「…謝るのは俺の方だ」 「え?」 腕の力を緩めると、は不思議そうな顔で俺を見上げた。その額に貼りついた前髪をそっと手で払う。くすぐったそうに目を細めると、はそれで?と先を促すように瞬きをした。 「好きになるのが『親友』って仲を裏切るってことになるなら、俺はもうとっくにお前を裏切ってる」 はまた瞳を潤ませると、ぎゅっと俺の胸にしがみ付く。 また声を上げて泣き出すので噴出しそうになったけれど、シリウスが好きなのと改めて言われたときには、思わず少し泣いた。 舌に残るざらつき、 自惚れたコーヒーのにおい。 それはみんな、隣に君がいないことへの、寂莫。 [あとがき] やっとこさ更新です。 スランプを脱するためにリハビリとして一昨日と昨日、2日かけて書きました。 「二番手の〜」から約1か月ですorz [080323] |