「嘘を吐かなくっちゃいけないね」


 すべてはこの男から始まるというのはもう常識みたいなもので、わたしとリーマスは何だろうと顔を見合わせると『すべて』の根源、ジェームズを見やった。奴はふふん、ふふふんと鼻歌交じりにチェス盤の乗ったローテーブルを脇に押しやると、ぴしー!と人差し指を立ててソファから身を乗り出した。

、今日は何月何日だ!」
「4月・・・1日?」
「じゃあリーマス、今日は何の日だ!」
「ああ、エイプリル・フール?」
「その通り!」
「だからって『嘘を吐かなくちゃいけない』ってわけじゃ・・・」
「まあまあまあ」


 ジェームズはにやりといつもの角度に口角を上げると、「何か面白い嘘とかさ、吐いてみたいじゃない」とのたまった。リーマスは興味無さそうにもっと深くソファに身を埋めて、わたしは半眼でうきうきとピーターの肩を叩くジェームズを眺めた。こんなとき奴の提案を一蹴してくれそうなリリーは図書館に行っていて今はいない。わたしはうーと呻きながら伸びをして、膝の上に横たわる羊皮紙を一通り読み下した。魔法史のレポート。先週中に出せなかったからもう一枚追加されたのだけれど、リーマスが手伝ってくれてさっき終わった。
暖炉の上の時計を見やると、そろそろ夕食の時間だった。お腹も空いてきたし、ジェームズは放っておいて(ということは必然的にピーターも放置。ごめん)、リーマスの肩を叩こうと手を伸ばした、そのとき。


「わーっっっ!!!」
「ぎゃーっ!!!」


 背後から突然耳の傍で叫ばれて、わたしはソファから跳ね起きて両耳を塞いだ。鼓膜がじんじんする。勢いよく振り向くと、案の定、予想通りの人物がしてやったり顔でわたしを見下ろしていた。ぎっと睨むと、おどけて両肩をすくめやがった。わたしは立ち上がって叫ぶ。

「シリウス!人の耳元で叫ばないでよ!!」
「お前も前おんなじことしたじゃねぇか」
「してませんから!」
「しましたから」
「してない」
「いーや、したね」
「してねっつの」
「あ、インク付いてる」
「え、どこ?」

シリウスはソファの背もたれに手をつくと、立ったままのわたしの頬に手を伸ばした。くそう、ソファを挟んで手が届くなんてどんだけ腕が長いんだ。手をついてるくせに何でわたしより視線が高いんだ!でもインクがほっぺたに付いているまま大広間に行くのは嫌なので、取ってもらおうと身体をほんの少し前に進めた、瞬間。

「!!」
「ひゃは、変な顔」
「・・・・・・・・・・っ!!シーリーウースー!!!」


 わたしが怒鳴りつけると、シリウスは頬をつねっていた手を離して一目散に逃げ出した。わたしも負けじとソファを飛び越えて、その瞬間引っ掴んだクッションを脇に抱えて奴の背中を追いかけ談話室を疾走する。シリウスは余裕をぶっこいて追い着いてみろーとかほざいている。嫌な奴!
そのまま談話室を5、6周すると、シリウスはひょいと男子寮の階段に足を掛けた。さすがにわたしもたじろいで、まだ重宝していたクッションを思い切り投げつける。それも身軽にさっと避けて、「ばーか!ノーコン!」と叫ぶと奴は飛ぶように上に上がっていった。



「覚えてろー!!」



 我ながら陳腐な台詞だと思ったけれど、それはそれ、これはこれ!











「良い案が浮かんじゃった!」

嗚呼こいつはまだこんなことを言っている。息を切らせてソファに倒れ込んだ次の瞬間には、わたしはジェームズに手を握られてそのろくでもないきらきらした瞳にがっつり捕らえられていた。リーマスに助けを求めようとするけれど、我関せずという風に半べそのピーター相手にチェスの虜。(あの騒ぎの中やってたのかそれを)


、いつもあいつに翻弄されて、悔しくないかい?」
「翻弄されてないけど、たまに悔しいよ。特にさっきみたいな場合」

あいつ・・・シリウスね。翻弄されてないけど、を強調して答えた。相手にするしかなさそうなので。

「何か一発ぎゃふんと言わせてやりたい!とか思わない?」
「そりゃあ思うね」
「形勢逆転を狙っ・・・あ、ごめん違ったね、わかったから睨まないで・・・つまりさその、弱点を掴みたいとか」
「気持ち良いだろうね、そんなの掴んだら。で、何が言いたいの?ジェームズ」
「今日は何の日だった?」
「・・・エイプリル、フール、でしょ」

わたしが怪訝そうに眉をひそめるのも気にせずに、ジェームズは楽しそうに握ったままのわたしの手をぶんぶんと振りまくる。そうしてお得意の、何とも憎めないウィンクをばちっと飛ばした。「そう!だから」、


「『嘘』でシリウスを、ぎゃふんと言わせてやろうじゃないか!」










「・・・・・・こんなんで、ほんとに奴は来るのかね?しかも弱味なんか掴めるの?」
「大丈夫大丈夫。ジェームズのことだからきっと、何か確信めいたものがあるんだよ」
「それにしても、簡単すぎない?こんな空き教室に、リーマスとふたりでいるだけ、なんて」

 きょろきょろと見渡すけれど、特に仕掛けがあるようにも思えない。特に広くも狭くもないこの空き教室にあるのは、わたしとリーマスが座っている2人掛けの古ぼけた猫足のソファと、その前のローテーブル。蜘蛛の巣が垂れ下がったシャンデリア。部屋の真ん中をぽっかり空けるように隅っこに寄せられた棚とかクローゼットとか、机と椅子。教壇。こっそりリーマスの横顔を盗み見るけれど、何も読み取れなかった。


「でも・・・いいの?」
「んー?何が?」
「親友なのに、こんな・・・引っ掛けちゃうようなことしてさ」

わたしがそう言うと、リーマスはこっちを向いてくすりと笑った。

「な、何?」
「いや、君は僕たちの親友じゃなかったのかなーって」
「そう・・・だけど、」


 そう。そうだけど。ジェームズもリーマスも、ピーターもリリーも、・・・むかつくけどシリウスも、親友なんだけど。まだいまいち、実感が湧かなくて。というのも、わたしがこのグループに入れてもらったのは、この1、2年のうちで。一匹狼だったわたしを、リリーが引っ張り込んでくれたのだった。日本から来たわたしは、最初の何年かはなかなか周囲に馴染めなくて。入学当初から何度か喋ったりしていたリリーにこのキャラをすっかり知られてしまってからは、彼女といつも一緒にいて、あれよあれよという間にリリーと仲良しの悪戯仕掛け人たちにも馴染んでいった。それでもときどき、一歩引いてしまうときがあって。この人たちの中にいていいのか、とか。
 わたしが俯いていると、リーマスが肩を引き寄せてくれた。ぽんぽんと、少し骨ばった手が頭を撫でてくれる。わたしが暗いオーラを出していると、リーマスはいつもこうやって慰めてくれる。そして今日もいつものように、優しく言う。忘れないで。僕らみんな、君の親友だよ。


「いつもありがとう、リーマス」
「どういたしまして、
「リーマスもジェームズも、ピーターも、・・・・・・シリウスも。みんな、わたしの親友」

わたしがにっこり笑うと、リーマスもにっこり返してくれた。

「それにこれは、のためだけじゃなくてシリウスのためにもなるんだよ」
「えー?それじゃ駄目じゃん!」
「まあまあ。でもきっとあいつの弱味を握ることになるのは、確実だよ。ジェームズが上手くやればね」

 そう言うとリーマスは、ふふ、と新しい悪戯を考えているときの笑顔を浮かべた。そしてそのままの笑顔で、さらりととんでもないことをのたまってくださった。―――でも僕、ジュンはシリウスが好きなんだと思ってたんだけど?

「え、何?」
「でも僕、はシリウスが好きなんだと思ってたんだけどな」
「・・・・・・・・・、は?」

『でも僕』ってさ、文法おかしくないか?ていうか何を言っているのこの黒笑いの貴公子は?とかいうわたしの心のツッコミには完全に気付かずに、リーマスはむうと考え込むようにその綺麗な指を顎に添えた。

「親友は親友でも、何て言うかさ。違う意味で好きっていうか」
「な、何言って」
「人としてじゃなくて、こう・・・何て言うんだっけ・・・」
「・・・異性として?」
「そうそれ!異性として」



 やれやれ、口がぱくぱくして閉まらなかった。「そうそれ!」と言ったときに立てた人差し指を引っ込めると、リーマスはわたしの表情をよそにさっとセーターの袖をめくると腕時計を見やった。そういえば今何時だろう。わたしは麻痺した頭でふと思う。夕食を食べた後すぐここに来たけれど、今では外はもう真っ暗だ。ソファの前のローテーブルに置いてある燭台に立てた蝋燭の灯りしかないので、空き教室にあるものはぼんやりとしか見えなくなくなっていた。


「あ、あのさリーマス、」
「しっ!」

わたしが先程の会話の続きをしようとすると、リーマスはしまったはずの人差し指をまたびっと立てた。わたしはうっと黙って、目をぱちぱちと瞬く。でも、遠くから聞こえる足音に瞬時に気を取られてしまった。コツコツ、コツン。何かを探すみたいに、せわしなく移動する足音。確かにこちらへ向かっている。

「・・・、聞こえた?」
「き、聞こえた」
「よーし」





・・・よーし?
首を傾げるわたしをさっと見ると、リーマスは何でもないという風に微笑んだ。

「で、何だった?やっぱり君はシリウスが好きなの?」
「ええぇぇぇえ!?そ、そうじゃなくて!」
「あれ、おかしいな。僕の予感は9.7割の確立で当たるって評判なんだけど」
「(どこで!?)・・・と、とりあえず、わたしはシリウスのことは、そんな風に見て・・・」
「見て?」
「・・・見てな、い。よ」
「本当に?」
「ほ、本当に」
「本当の本当に?」


 や、近いよ。リーマスさん。近い。わたしはにじり寄って来るリーマスから逃れようと身体を後ろへ反らすけれど、ぎゃー!逃げられない!しかもリーマス、いつの間にか黒いオーラを背負っている。いや襲われそうとかいう感じは、しないんだけど。何かもっと酷いことになりそうな気がするのこの笑みを見ると。そろそろヤメテーとかいう叫びを上げようと思った次の瞬間、空き教室のドアが吹っ飛びそうな勢いでばーん!と開いた。


から離れろリーマス!!」
「し、シリウス!?」
「やあ、シリウス。何の用かな?」
「そいつから離れろっつってんだよ!」


 ドアを開け放して喚きながらつかつかと歩み寄って来るその人物は、あろうことかシリウスだった。息を切らせているので、もしかしてさっきの足音はこいつだったんだろうか、とぼんやり思う。リーマスがよっこいしょと身体を起こして、わたしに爽やかなウィンクを飛ばす。え、何、これのどこが作戦成功なの?
わたしが眉根を寄せたとき、すぐ横でごすっ!と殺人的な音がした。


「いいぃぃぃいっ・・・てええぇ!!!」


足元を見ずに突き進んできたシリウスがローテーブルの角にすねをぶつけたらしかった。わたしは呆れて、片足でけんけんと跳ね回る奴を眺める。

「何やってんの?」
「うるせぇ!いいから来い!」
「うぎゃあ!!」


 シリウスはわたしの手首を掴んで無理やり立たせると、さっきの悶え苦しんでいた様子はどこへやら、ダッシュで走り出した。空き教室を出る寸前、振り返るとリーマスがにっこりしながらひらひらと手を振っていた。











 奴の足が止まったのは、わたしが「どこまで行くのよ!」と半ば死にそうになりながら叫んだときだった。人のいないぼんやりとした明るさの中、廊下の真ん中あたりで急にぴたりと止まってくれやがったので、その背中に鼻をしたたかにぶつけた。(潰れたかと思いましたよ、ええ!)


「・・・つーか、勢いで連れ出したけど・・・まずかった?」
「へ?」
「俺としちゃああでもしないと、」
「だから何が?」
「お前、あいつに呼び出されたんだろ」


 そう言うとシリウスは振り返って、じっとわたしを見つめた。真面目な顔だったので、わたしはふとたじろぐ。わたしが、リーマスに、呼び出された?呼び出されてなんかいない。ただジェームズに指示されたところに行ったらリーマスがいて、作戦を説明されただけ。そう言おうとするのに、射るような視線に何も言えなくなる。どうしてそんな真剣な瞳で、わたしを見るの。―――――何か、違うひとみたいだよ、シリウス。
ぼんやりとその灰色の瞳を見ていたら、わたしの手首を掴んでいる手にぐっと力が入った。怪訝に思って眉をひそめると、すっと眼が逸らされる。シリウスは眼を伏せると手を離して、「悪い」、そうぽつりと謝った。



「・・・何よ」
「あいつと、・・・リーマスと、付き合うのか?」
「え?な、何で?」
「だから、呼び出されたんだろ」
「呼び出されてないよ」

ああ今度はさらりと言えた。わたしはどうも、シリウスの瞳に弱いらしい。

「ていうか、何であんたはあそこに来たわけ?」
「それは、その、飯食ってたら・・・ジェームズが・・・」
「何?」

 ジェームズ。そうだ、奴は何を仕組んでたんだろう。何だか言いにくそうにしているシリウスをいじめてやろうという気持ちと、あの策士の本当の目的を知りたいという気持ちがむくむくと膨らんで、わたしはシリウスの眼を覗き込んだ。わたしから見る分にはいいんだ。そういうもんだ。

「・・・ジェームズが、」
「うん」
「ジェームズが、『がリーマスに呼び出された』、って」
「だから呼び出されてないっての・・・しかもどうしてそれであんたが来るのよ?わたしがリーマスに悪戯を仕掛けられるとでも思ったわけ?」
「悪戯?お前、呼び出しって言ったら普通告白だろ!」
「告白?・・・ああ、まあそうだけど。え、・・・だから?」
「だから、焦って、止めようと思ったんだよ!それだけ!」


・・・何故逆ギレ?
シリウスはぷいとそっぽを向くと、すたすたと歩き出した。わたしはぐるぐると回る思考を何とかまとめようと顔をしかめる。夕食を食べていたら、ジェームズがシリウスに『ジュンがリーマスに呼び出された』って言って。シリウスは焦ってそれを止めに行って。ふたりでいるところを見て、わたしを連れ出して。



・・・・・・・・・・ん?え?



 顔を上げると、何メートルか先でシリウスがこっちを振り返って待っていた。わたしが「そっち寮と逆方向だよ」と言うと、うっと顔をしかめて戻って来る。横をすり抜けようとするその眼前に飛び出して、立ち止まらせた。

「ねぇ」
「・・・何だよ」
「もしかして、シリウスってさ」

じいいぃぃぃいと見上げると、ふいとシリウスは瞳を逸らす。

「わたしのこと好きなの?」
「・・・悪いかよ」
「ぶふっ!」


 噴き出すと、ばしっと頭を叩かれた。痛いと叫ぶと、さっと手を取られる。ぐいと強引に引っ張られて歩き出すけれど、何でだろう。見上げた奴の耳が真っ赤だったからなのか、握られた手に感じる力がとても優しかったからなのか、今まで曖昧に閉じ込めておいた気持ちをすっきりと自覚することが出来たからなのか。本当、何でだろうって思うんだけど。全然合わせてくれない歩調。でもその強引さに、全然、むかつかなかったのでした。







You are an
"April fool"!