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俺という人間は何とも言えず汚い奴で、狡猾で嫌味なクソヤローだと思う。なのにあいつは俺の傍を離れないから、いっつも不思議に思っていた。別の女と歩いても毎晩のように朝帰りをしても俺のことを変わらず静かな瞳で見つめるもんだから、逆にこっちの方がいらいらして何で怒らないんだとか理不尽なことを言いたくなる。泣きもしないし喚きもしない。代わりにリリーとかリーマスとかが何か捲くし立てようとしても、あいつがその腕を引いて黙らせたりしているのをよく見掛ける。そう、それでいいんだよ。俺に口出しなんてする必要は無いし、何をしようが俺の自由。なのに俺は何故あいつに泣いてほしいとか喚き散らしてほしいとか思ったりするのだろう。そんなもの、ただ煩わしいだけだっていうのに。ただ俺のうわべに惚れた女たちと同じ、そんなことをあいつに望んでいるのか、俺は。でももしあいつが、泣いて喚いて俺の頬を叩いたら。俺はどうなってしまうんだろう? 「もういい加減やめなよ」 良い子のリーマスが、談話室に帰った俺の顔を見るなりそう吐き捨てるように言った。その横のソファではピーターが崩れ落ちたような姿勢で居眠り(というかもはや爆睡)をしている。太った婦人に背を向けるようにして置かれたソファから、首を捻って俺を見やるリリーに曖昧に笑い掛ける。すると非難するような顔つきになって、いつものように罵声が浴びせられるのかと身構えるとぷいと視線が逸らされた。拍子抜け。 「何だよ?」 「いいえ。別に」 「いつもと違うだろ。調子狂うからやめてくれよ」 「あなたは非難されることで調子を調整しているの?」 「いや、深夜のデートで調整してる」 さらっと流れるように言うと、「シリウス」と厳しい声が飛んで来た。あーあ、ここにジェームズがいれば何とか笑いに変えて流せるだろうに。それに何だよこの空気。あいつと付き合う前から俺はこんなだろ。居心地が悪くなって乱暴に頭を掻いた。窓の方を見やると、もう朝陽が射し込み始めている。ピーターのいびきが気に障ったので、テーブルの上に広がった羊皮紙を丸めてそのだらしなく開いた口に突っ込んだ。 「が医務室へ行ったわ」、リリーが唐突に言った。 「ああ、また貧血か?」 「いいえ。ストレスで」 ピーターからリリーへ視線を移すと、その表情は俺を責める風でも、許す風でもなかった。ただ眉根を寄せて、のことだけを考えているようだ。ストレス?俺は復唱する。何のストレスだよ? 「わたしが言う話じゃないわ」 「あいつ、別に今日だって普通だったじゃねぇか。ストレスがあるとしたら、なぁ?」 俺は助けを求めるようにリーマスを振り返る。リーマスはにっこりと笑って、ゆっくりと言った。 「勉強がうまくいかないだとか、そういう答えがほしいわけ?」 医務室へ向かおうと中庭を横切っていると、後ろから声が掛かった。振り返って顔を見ると、こんな早朝に何故ここに、という疑念が湧き上がる。その人物は、昨晩一緒に過ごしたレイブンクローの女生徒だった。 「何でこんな時間にここにいるんだよ?」 「それはこっちの台詞よ。黙って帰っちゃうだなんて酷いじゃない」 ふふふ、と妖しく笑うと、女生徒(名前何だっけ?)はどんどん近寄って来て俺を壁際に追い詰めた。俺の髪を撫でて、頬に触れて、胸に手を滑らせる。そして満足気に微笑むと、「ねぇ、私と恋人になる気は無い?」と囁いた。 「悪いけど無理」 「あら、どうして?昨夜はなかなか刺激的だったじゃない」 「あんたとはそんな関係になるつもり無いから」 「そう。・・・じゃあ誰となら『そんな関係』になるのかしら?」 「俺にはもうそういう奴が、」 ・・・そういう奴が、何だ? 俺は今から見舞いに行くはずのあいつの顔を思い出した。肩までの黒い髪。涙で覆ったような濡れた瞳。透けそうに白い肌、細い肩。あいつは俺が抱き締めれば嬉しそうに笑うし、キスをすれば少し怯えたように身を引く。謝るように髪を撫でれば、いつも申し訳無さそうに眉を下げた。あいつは―――――は、俺の。 『恋人がいたら、他のひとには目もくれずに愛するべきだわ』 『そうだね。それに、恋人以外に目がいくなんて有り得ないもんね。僕みたいに』 『他のひとに触れてしまいたくなったとして、それはまぼろしね。恋でも愛でもないわ』 リリーとジェームズがいつだったか繰り広げていた『恋人』についての対話が頭の中に浮かんだ。そのときはくだらないと聞き流して、リーマスにもらったチョコレートを嬉しそうにピーターに分け与えるを眺めていた気がする。そうだ、あの笑顔。いつからあの表情を見ていないだろう?俺に向けられることが無くなったのは、いつからだっただろう?が悲しそうに微笑むのをやめて、じっと見つめてくるだけになったのは、いつから。 『誰も見ていないところで、いつも泣いてたんだ、昔』 『心配を掛けたくなかった。家族みんなが自分のことを思ってくれているって、知っていたからね』 『傷つくのなんて毎日だったよ。でも我慢したんだ。いつかわかってくれる、なんて思いながらさ』 リーマスがいつしか言っていたことが閃いた。が涙を流さないのは、俺の前だからだったんだろうか。みんなの前でも泣いたことはないと、ジェームズがいつしか言っていた。ふぅんと俺は聞き流していたと思う。さほど傷ついていないんじゃないか、とも思っていたかも知れない。でも、隠れて泣いていたんだとしたら?俺のせいで毎日毎日、あの煌く瞳を、いっそう濡らしていたんだとしたら? 「シリウス?」 女生徒が俺の顔を覗き込んだ。俺は眉間に寄せていた皺をほどく。そうか。よくわからないし、俺の不器用さでは言葉で表すなんて到底出来ないけれど。恋人って、そういうことなのかも知れない。手を繋がなくても、抱き締めなくても、キスをしなくても。目と目が合って、照れて逸らして、笑って、髪を指で梳くだけで。肩に重みを感じるだけで。悲しみの涙じゃなくて、嬉しすぎて死にそうって涙を流させることが、俺に出来るんだとしたら。 今更かも知れないけれど、気付いた。俺がずっとずっと欲しかった物は、が持っているってことに。 俺は怪訝そうな顔で肩に触れてくる女生徒を押し退けて、走り出した。行き先はもちろん、初志貫徹で、医務室。けれど足取りこそ違えば、この心の軽さが違う。階段は2段抜かしで駆け上がる。 何から話そうか。どうやって謝ろう?何て言葉から始めよう。やっぱり最初は名前を呼ぼうか?俺が積み重ねて来た罪を、君は許してくれる?時間なんてどれだけ掛かってもいい。ただ、その笑顔を一目見たいんだ。 石造りの確かな感触を踏みしめて、俺はひたすら走った。どうか、どうか、彼女が泣いていませんように。だけど、泣いていますように。俺が謝って、濡れた頬にキスをしたら。それが嬉し涙になりますように。 to part with you. [080410] |