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あなたのその指が 誰かの髪をすいて わたしの凍えた足は 仕方なく歩む なぁにそれ、日本語? リーマスが本から目を上げて微笑んだので、わたしはそうだよと答えた。歌詞だと言ったらどんなうたと尋ねられたので、悲しいうたとだけ答える。英訳して歌うと、リーマスは目だけで笑ってまた手元に目を戻した。 ―――――かち、こち、かち、時計の針が笑う音。 「もう寝たら?」 「うん」 「朝まで帰って来ないよ、きっと」 「うん」 「聞いてる?」 「・・・・・・うん、聞いてるよ」 少し呆れた様に眉を寄せるリーマス。ソファに沈み込んで、ブランケットを引っ張り上げるわたし。 ジェームズとその恋人のせいで部屋に戻れないリーマス。どこかの美人と寄り添うシリウスの帰りを待つわたし。 さっきのうたを、また鼻歌にして歌う。どんなに想っても届かないってうた。あなたはわたしになんて振り向かないのね、っていう、うた。リーマスは「メロディーも悲しいんだね」と言って、もっと楽しいのがいいなと呟いた。 ちょっと意地悪な青色の仔猫 夢をみていた 花が咲くゆめ ふわふわ 綿毛が飛んだ さよならなんて言わない 言えないよ 僕のからだはなみだの色さ 歌詞はちゃんと英語にして歌った。リーマスは喉でくすりと笑って、「またそんな歌」と言う。 「明るいメロディーを選んだつもりだったんだけど」 「そうだね、明るかった。メロディーは」 「・・・・・・歌詞はあれだよ、気分」 「うん、わかってるよ」 不思議とリーマスの「うん、わかってるよ」は本当のことみたいに聞こえるから凄い。というか、本当にわかっているんだ、リーマスは。上辺だけじゃなくて、知ったか振りじゃなくて。本当の、「うん、わかってるよ」。 わたしはまた、ふんふんと青い仔猫のうたを歌った。 「ひとつ聞いていい?」 リーマスがぱたんと本を閉じてわたしを見る。うん、どうぞ。とわたしは言う。 「どうして今日は待ってるの?」 ―――どうして今日は待ってるの?シリウスを、か。 わたしはひざを抱え込んで、ふと目を閉じた。『俺が帰って来るまで寝ないで待ってたら』と、頭の中で声がする。好きで好きでたまらない、あいつの声。今日の夕方、夕陽の差し込むここ、談話室で。少し悲しそうに目を細めて、わたしの頭に手を乗せて。静かに、囁くように言った。 『本当のこと言ってやるよ』 「・・・・・・本当のことが、知りたいから」 「本当のこと?」 リーマスが少し眉を寄せて首を傾げるけれど、わたしは曖昧に笑って逃げた。それでリーマスは、もうわたしに何も尋ねられなくなる。優しいんだ。ときどきささやかな意地悪を言うけれど、わたしがシリウスのことをどれだけ好きかなんてことを、一番わかってくれている。わたしはなんてずるい。優しさに入り浸る弱さなんて、捨ててしまいたい。 「・・・・・・何だ、寝たのかよ」 シリウスは、談話室に入って来るなり不満げにそう呟いた。 僕は読んでいた本から目を上げて、彼を視界に捉える。脇に抱えたローブ、乱れたシャツ、だらしなく結んだネクタイ。彼のこの服装を見て、誤解する人は少なくない。現にこの間も、この時間に彼がこの服装で帰って来た時、頬を染めている生徒たちを見かけた。真夜中、こっそり帰寮、乱れた衣服。そして最悪なのは、も誤解している人間のうちの一人だっていうこと。 けれど僕は知っている。否、僕とジェームズとピーター、知っているのはそれだけで、リリーも知らない。何故か、それは、僕のせいだからだ。シリウスの陶器のような頬に2本ほどの切り傷を見つけて、僕はその痛々しさにたまらなくなって目を逸らした。 「だらしねぇ顔しやがって」 僕の肩に頭を預けているの頬を軽く引っ張って、シリウスは眉をひそめて笑う。そして僕の反対側に座って、の腕を静かに、しかしぐいと引いた。の頭が、こてんとシリウスの肩に落ちる。 「やきもちかい?シリウス」 「うるせぇよ」 顔をしかめてそんな台詞を吐いたくせに、の寝顔を覗き込むその表情はとても優しかった。いつもそんな顔で接していれば、だって素直になれるだろうに。しかし僕は僕で大人気がないから、につい意地悪をいってしまう。そう、さっきみたいに、「朝まで帰って来ないだろう」とか、そういう風に。僕のせいで、僕の為に、ここまでしてくれている親友、なのに。庇うどころか、誤解を深く深く根付かせる。僕は密かに息を吐いた。 「本当のことって、何だい?」 僕がぽつりと言うと、シリウスは顔を上げたみたいだった。彼はきっと、ばつが悪そうな顔をしていることだろう。僕は目の前の暖炉を見つめたまま、じっとシリウスの返事を待つ。 「本当のことは本当のことだ」、シリウスが言った。「けど、お前のことは話さない。約束する」 「・・・・・・何のために、って訊かれたら?」 「新手の悪戯に有効活用、とか適当に言っておくさ」 僕は胸が詰まる思いだった。親友は淡々と続ける。 「こいつが誤解してること、ちゃんと話そうと思って」 シリウスは困ったように眉を下げて笑った。こいつが俺のこと嫌いでも、いいんだ。それで?って言われても、別にいい。俺が話したいんだ。あいつ、俺がこんな夜中に帰って来てるって、知らねぇの。朝帰り野郎って言うんだぜ、まいっちゃうよな。 日々の行いが悪いのかもな、とか、自嘲するみたいな笑み。愛おしそうに目を細めるけれど、決してむやみには彼女に触れずに。僕は叫びたかった。そんなことはないさ。君だってずっと一途じゃないか。それにが君のことを嫌いなわけがないよ、シリウス。それは僕が一番知っている。痛いってほど突きつけられてきたのだから。 ああ、泣きそうだ。僕はなんてずるい。そう噛み締めながら、シリウスの頬の切り傷からまた目を逸らした。の細い涙腺を、ちぎれそうな琴線を、容赦なく襲う誤解。それを解くために、親友に嘘を吐かせることの罪。そうして自分こそがその、誤解の原因になっていることをまた、はっきりと自覚して。 「ううぅぅぅうぅぅぅ、眠ー・・・・・・」 ごしごしと目をこすって、はひっそりと瞼を持ち上げた。持ち上げたところで、俺は顔を逸らして目をつむり、寝ている振りをする。 「もう起きたの?珍しいね。まだ5時半だよ」 「んー・・・・・・。あ、リーマスごめんね。肩借り――――――」 は肩を借りているはずの声が反対側から聞こえているのに気がついたらしく、はっと俺の肩から頭を持ち上げた。そしてがばっと立ち上がって、俺をびしっと指差した(空気から察したところ)。 「な、なん、なん・・・・・・っ!!」 「まぁまぁ、落ち着いて。シリウスが起きちゃうよ」 リーマスがわざとらしく諭したので、は大人しくまた俺とリーマスの間に座った。起きたら即殴り飛ばされるかと思っていたから、拍子抜け。 「なんなの・・・・・・もー・・・・・・」 はそう呟いて、ソファの上で体育座りをした。俺は心の中で祈る。リーマス、の肩を押せ。押せ、押せ。俺の眉間に皺が寄って来た頃、リーマスがくすくすと笑ってに問うた。 「びっくりした?」 「・・・びっくりするも何も・・・・・・心臓に悪すぎる。爆発するかと思った」 「心臓が?」 「心臓も、頭も、何もかも。全身粉砕するかと思っちゃった」 「あはは。、顔真っ赤」 「リーマス!・・・・・・あーだめだ、寝てるってわかってても横見れない!」 むきゃー!と叫んでは膝に掛かっているローブを引っ張り上げる。 「それシリウスのだよ」 「え!?うわ!もう!先言ってよ!・・・顔洗ってくる・・・・・・」 体に布を掛けられた感触がして、の足音が女子寮の方へ消えて行った。目を開けると、やっぱりローブがブランケットみたいに肩から膝まで掛かっていた。 「シリウス、にやにやし過ぎだよ」 俺はふいに気恥ずかしくなって、背もたれに頭を預けて天井を仰ぎ見る。の体温が残るローブ。窓から差し込む朝陽。真紅の布が垂れ下がる、暖かな談話室。寝てしまってはいたけれど、彼女があの階段を降りて来たらすべて、話すことにしよう。 ようやくこれから手に入れられるであろう幸せを、ゆるやかに思い描いて。そしてひやかすように微笑んだ親友の、隠し切れない切なげな瞳を。そっと、掻き消すように。疲れた体をソファに崩して、目を閉じた。 わたしの凍えた足は 仕方なく歩む さようならは明日への挨拶 消えてしまった記憶へと 堕ちた愛のせいにして |