ゆうらり、と煙が立ち昇って。
春の陽光が降り注ぐ木陰に浮かんでは消えるそれに、わたしは不快感をおぼえて思い切り眉をしかめる。こんな場所で、こんな気持ちの良い日に。害。害だわ。

リリーが「?」と不思議そうに、わたしの肩をつついた。




シガレット・ベイビィ




「うおぉおぅ」
「人の顔を見ての第一声がそれですか」

 シリウスは驚きつつも冷静に身をよじって、わたしはそのすらりと長い指に挟まれたくだらないものをひったくろうと手を伸ばす。あーあ、もう半分も減ってら。

「身体に悪いって言ってるでしょ」
「お前に関係ねぇだろ」
「あのねぇ」、とわたしは大袈裟に溜め息を吐く。「わたしには関係なくても、周りはみんな迷惑するの」

 周り、とシリウスは虚を突かれたように呟いて、ふと手元の煙草を見つめた。そしておもむろにポケットから杖を取り出すと、軽く叩いて消してしまう。自分でやったくせにむすっとした顔になると、つんと向こうを向いた。

「何すねてるんですか」
「すねてねぇ」
「すねてんじゃん。ガキ」
「貧乳」
「あんたにはそれしかボキャブラリーが無いのか」


 そしてまたちらりとわたしを見るだけで、シリウスは今度こそ完全にわたしと真逆の方向を向いて寝転ぶ。ずりずりと背中を木の幹に擦ったので、セーターにぼろぼろと木の皮が付いてしまった。軽くはたいてあげると、わたしはよいこらせと無意識に母国語を零して立ち上がった。さて行くか、と芝生に放り出していた鞄を肩に掛ける。一歩を踏み出して鼻歌がふいに出かけたとき、ぐいと斜め下から力が掛かって危うくひっくり返りそうになった。

「ちょっと!引っ張らないでよ!」
「いいじゃんその鞄俺がやったんだし」
「今はわたしのだ」
「お前のものは俺のもの」

・・・どこぞの王子だ。
ふふんと笑うと、シリウスはぱたんと鞄の紐を掴んでいた手を芝生に落とした。(あ、死んだ)

「もう行くの?」、そう甘えた声で問われる。
「用事はもう済んだもん」
「お前次の授業って何」
「飛行術」

 気だるそうにまた顔を上げると、灰色の双眸がわたしを捉える。じいぃぃぃいとたっぷり17秒はわたしを見つめたあと、シリウスはごろごろと木陰を脱出した。漆黒の髪が、濡れたように輝く。

「そんなもん俺が教えてやる」、そう言うとぽふぽふと自分の隣を叩く。「座れよ」
「やだ」
「お前俺が何か言うとすぐそうやって・・・」
「だって何かわたし尻にしかれてるみたいで、やだ」

 呆れた半眼でわたしを眺めていたのに、その一言でシリウスは少しばかり目を見開いた。そうなのだ。いつもいつもわたしは、シリウスに隣に座れと言われれば大人しく座るし、レポート手伝ってと言われれば本人が寝てしまってもせっせと仕上げてあげたりする。でもそれって何だか不平等だ。シリウスはわたしが手を繋ぎたいと言っても、面倒臭そうに眉を寄せてすんごいしぶったあとにやっと手を差し出す。ここを教えてと頼めば教科書を一通り眺めまくったあと「簡単じゃん」と言ってぽいと放り出して終わり。ああもう何だかどころか絶対に不平等だわこれ。


 しかしこの非情な男は、くっくっと可笑しそうに肩を震わせて仰向けのまま悶えている。わたしはまた大袈裟に顔をしかめて、ずり下がった鞄の紐をきちっと掛け直した。

「お前、俺の尻にしかれてんだ?」
「しかれてない!でも何か・・・不平等なんだよ、いつも」
「例えばどこら辺が不平等なの?」

 わたしはしゃっとシリウスの隣にしゃがみ込むと、我を忘れて先程の実例を並べ立てた。シリウスはふぅんへえぇと気の抜けた相槌しか返さないけれど、気にしない。そうしているうちに飽きたのか、シリウスはズボンのポケットから潰れかけた煙草の箱を取り出し、流れるような動作で火を点けた(マジックみたいに手をさっと翳しただけで点けてしまった)(まぁ、実際に魔法使いなんだけど!)。口にくわえかけたところを、さっと手を出し妨害する。シリウスはちらりとわたしを見て、煙草にまた目を戻した。

「わたしの肺がどろどろになっても構わないわけ?」
「どろどろ?」
「ろくでもないニコチンてやつは、吸ってる本人よりも周りの人間の肺に溜まるんだって」
「ああ、だから『周りに迷惑』・・・」
「そう」
「まぁいいじゃん、今は俺とお前しかいないわけだし」
「あぁ、わたしには『関係ない』んでしたっけね!」

 いーっと歯を剥き出してさっと立ち上がった。今度こそ立ち去ってやる。鞄の紐を引っ張られないように、さっと抱きかかえた。自分で吐き捨てといて、本当はもう泣きそうなんですけどね!どすどすと歩きだして、木々の間を脱出。リリーはきっと、もう練習場に着いているに違いない。急がないと。

 すると今度は、思い切り肩を掴まれてひっくり返りそうになった。「ぎゃー!!」という叫びは、途中でたくましい腕の中に吸い込まれる。ぎゅーっと力を込められて、鼻が折れそうだ。

「はーなーが、折ーれーるー」
「空気読めよ」
「何の?」

 見上げると、シリウスは困った顔をしてわたしの頬を撫でた。反省するくらいなら、最初から意地悪をいわなければいいのに。そうなのだ。いっつもそうなのだ。

「聞いてくれる?」
「何でしょう」
「俺はさ、つまり、お前が、あれなわけで」
「あれって何」
「言わせんのかよ」
「わたし授業に行かないと」
「わかったわかったわかったから!」
「はい、仕切り直し。アクション!」

わたしがふざけて言うと、シリウスはむぅと眉を寄せた。へらっと笑って、ごめんごめん。

「俺はお前がー、・・・あれなわけで」
「さよなら」
「待て待て待て待て!!俺はお前が好きで!」
「・・・それで?」
「関係ないとか、何か・・・お前が泣きそうな顔するのが見たくて言っちゃうわけ」
「変態」
「何とでも言え。それで、泣きそうな顔されると、死にたくなるわけ」
「・・・」
「で、笑顔を見れたらもう死んでもいいってなるんだけど、いざ見てみると、死にたくなくなるわけ」
「・・・・・・何が言いたいんでしょう?」
「今の俺って生きてる価値がない」
「それで?」
「もう煙草は吸わない」
「よく出来ました」


 わたしはまたにへらと笑って、それを見て照れ臭そうに笑ったシリウスに軽いキスをした。わがままですんごい高慢で、ちょっと不良な馬鹿犬だけど、そんなの全部忘れちゃうくらい、結局わたしはこいつが大好きなんだよね!