ドリーム小説
あの星の名前、知ってる?
知ってる、そう
本当はこの名前が、君に愛されるのを待っていた
08. Why am I related?
少女の名前は・といった。
でも彼女が自分のことを話したのはそれだけで、いつまで経ってもそれ以上の身の上話はしなかった。犬が相手だからだろうか。いや、犬だからこそ話してもいいとか、無いのか?
出会ってから数日、もう8月は始まっていた。
は時々、静かに遠くを見つめることがある。
潮風がその肩ほどの髪と遊ぶのを気にもせず、シリウスがその艶やかな漆黒に目を細めるのも知らずに。彼女の茶色が覗く黒く濡れた瞳を見つめるたび、こちらまで泣きそうな衝動に幾度も襲われた。
しかしそれと同時に、シリウスは自分と同じものをそこに感じて、ふと安心することもあった。
「ねぇ、あの星の名前、知ってる?」
ある日の夜、夜風に少し寒そうに声を震わせながら、はシリウスにそう尋ねた。
シリウスは真っ直ぐ指差されたその先を、緩やかに辿っていく。この街では、星空が良く見えるので、よくふたり(の意識ではひとりと一匹だろうが)でこうしていた。輝く砂をぶちまけたかのような、星空を眺めて。
示された夜空の一点に、シリウスは一際輝く恒星を見つけ思わずの横顔を見る。その瞳は楽しそうに、きらきらと効果音がつきそうなほど輝いていた。―――星の、せいだろうか。
「シリウス」
がぽつりと呟いた、その言葉。シリウスは何故か心臓が跳ね上がるのを感じた。
横顔を見つめていた瞳を思わず逸らす。しかしはそれには気付かずに、じっとシリウスと同じ名前を持つその星を見つめたまま口を開いた。
「あの星、わたし一番好きなんだよね」
シリウスはその言葉に、またその横顔を見る。
「辛すぎて死にたいって思ったときとか、ずっと窓から眺めてさ。いつだったかな……、星には名前があるって知って、学校の図書館で調べたの。シリウス。何て素敵な名前だろうって思った」
―――――死にたくなった、とき?
その理由が、の瞳を時折深く寂しい色にさせるのか。
シリウスは思わず口を開きかけて、どうせ今言葉を発したって「わん」としか言えないことを思い出し俯いた。そうやってひとつ吠えて意思表示でもすればいいのだが、シリウスは言葉で、の目を見て言いたかった。俺は。俺は、あの星と同じ名前なんだ、。俺と同じ名前の星が、お前を救っただなんて。
「よっし!」
ぼうっとその夜のことを思い出していたシリウスは、その声にふと顔を上げた。
「ちょっと遊んでくるね。おまえも行く?」
がにやりと笑ってそう言うが、シリウスはもしも濡れたらという想像をして、この街に来て2日目の悲劇を思い出しついと目を逸らした。あんなべたべた地獄、もう嫌だ。人間の姿ならまだしも、この姿で水に濡れて乾くと全身が臭いし、濡れたまま砂が付いたら更に悲惨なことになる。
「つまんないの」とが呟く。
しかしシリウスが知らない振りをすると、ひょいと楽しそうに砂浜に飛び降りて駆け出した。
どうせ待っていたっての砂浜散歩は終わりそうにないので、ひらりと道路側へ飛び降りて広場を横切り、迷い無く肉屋の裏に回った。
食料調達。
シリウスはこの街に来てからというもの、部屋にいる時意外はずっと犬の姿なので、これで事足りていた。売れ残りやらを食べることに最初は抵抗を感じたが、つまらないプライドは捨てることにしてマリアの言葉に甘えさせてもらっていた。肉屋の主人も、食い散らかすことを決してしないシリウスを見て好きにさせてくれていた。
―――――温かいひとはどこにでもいるんだなと、知った。
腹を満たしてゆったりとした歩調で堤防へと戻りながら、そういやは毎朝パンだなと思い出した。
朝堤防でパンを食べて、昼間で過ごす。昼食は大柄なおやじのいるパン屋で具が乗ったパンを何個か買って部屋に戻って、外が薄暗くなるまで出て来ない。そして風が涼しくなる頃に、ふらりとまた海まで散歩に出るのだ。夕食はその辺で野菜やら何やらをたまに買っているので、部屋で作っているようだが。
……肉とか食ってんのかな、あいつ。
パンなどという炭水化物の塊を1日2食摂取しているにしては細身のの姿を思い出し、シリウスはふとそんなことを思う。しかも昼間とか外にいないから、やたら白いし。部屋にこもって何やってんだ?
しかしは自分のことを何も話さない。
シリウスはそろそろ、この姿でい続けることにもどかしさを感じていた。どうせこの街にいるのも短い間だし、人々と深く関わるのはやめることにして、この姿でいることにしたというのに。
それにあと2週間ほどすれば、ジェームズが迎えに来る。でもそれまでずっとこのままで、自分の名前も教えずにと離れるのか?大家のルーシーや、マリアにも、言葉で謝礼もせずに?
でも名前を教えて、言葉で会話して、その方が離れるときもっと辛いだろうか。しかし言葉をもって接すれば、彼女は、はもっと自分のことを話してくれるだろうか。自分の名前を告げたとき、彼女はどんな顔をするだろう?俺の名前を、どんな風に呼ぶだろう?
でもタイミングが無いんだよな、とシリウスは小さく息を吐いた。隣に住む犬が実は15歳の男で、姿を変えて毎日隣にいて、ずっと自分の話を聞いていただなんて、信じるだろうか。気味悪がるだろうか。幻滅するだろうか。
それに、とシリウスは眉をひそめる。がもし、他の女と同じ反応をしたら?
これは自惚れではない。シリウスは自他共に認める(自分では最初気がつかなかったのだが、余りにも周りの反応がそうなので気付かざるを得なくなった)ハンサムだ。
女性はみな(まぁジェームズの最愛の恋人は別だが)彼を見るたび感嘆の声を漏らした。これは必然だ。自然の摂理。ジェームズは面白そうに笑いながらそう言っていた。
しかしいつからかシリウスが女性をとっかえひっかえし始めると、女性からのしつこいアプローチに鬱陶しそうに顔をしかめるシリウスをいつも面白そうに見ていたジェームズは、微妙な顔をした。リーマスもピーターも複雑そうな顔をしたが、シリウスを諌めようとはしなかった。それはやはり彼が、ふと寂しげな、悲しげな瞳をするのを知っていたからだろう。シリウスは仲間とは違った意味で自分を理解してくれる人間を、無意識に求めていた。しかし関係を持った女性の数とは裏腹に、シリウスの心には空虚が巣食うようになっていた。
シリウスはいや、と小さく首を振る。は違う。そう思いたい。
そして何か、学校で出会う女生徒たちとは違ったものを彼女に感じるのだ。
堤防に飛び乗ると、ここと波間の中腹でしゃがみ込んでいるを見つけた。ゆっくりと立ち上がろうとするが、左足を引き攣らせるとまた諦めたように海の方を向いてその場に座り込む。
怪我をしたのだろうか。
シリウスの足が瞬時に走り出そうとする。―――――いや、待て。この姿で行ってどうなる?が今歩けないとして、この姿でどうやって堤防の上に引っ張り上げるんだ?肩も貸せないし、いくら図体がでかいからって、背負ってもの手とか足とかが石畳の上をずるずるこすってしまう。
の肩が、はぁ、と溜め息を吐くように上下する。体育座りをすると、は両腕に顔を埋めた。
ざわざわと、背後ではいつものように朝の喧騒が渦巻いている。
砂浜には、以外に誰もいない。誰も助けられない。自分以外には、誰も――――。
―――――と、その時。
さわりと潮風が全身の毛並みを撫でたかと思うと、ざあっと音がして砂が巻き上がった。
シリウスはひょいと堤防から砂浜へと飛び降りると、押し寄せてくる砂埃に顔を伏せ、ふとひとつ息を吐いた。そして吹きすさぶ砂に隠れるようにして、本来の自分へと、姿を変えた。
「大丈夫か?」
だいぶ躊躇った挙句、まだ少し砂埃が舞い上がるその向こうから声を掛けた。
はシリウスの声にふと顔を上げると、少し驚いたようにその顔をじっと見つめた。そしてその表情は、誰だろうというきょとんとしたそれに変わる。そして僅かに首を傾げると、口を開いた。
「あなた、誰?」
にそう尋ねられると、シリウスはおそろしく物悲しい気分に襲われた。
そうだ、『俺』とは初対面なんだ。
「俺は」
そう言い掛けると、シリウスの言葉をじっと待っていたの表情が僅かに歪んだ。シリウスははっと気付くと、に近付いてその小さな手で押さえられた足を覗き込んだ。左足の裏の一部がぱっくり避けて、結構な血が出ている。貝殻の破片でやったらしい。痛むかとか、そんな野暮な質問をするのが躊躇われるような傷だ。
――――――ただ、自分も一緒にいればと、後悔の念が脳裏をよぎった。
「立てるか?」
はううん、と首を振る。「もう少し痛みが引いたら帰るから、大丈夫」
「駄目だ。どっかで治療してもらえ」
シリウスの言葉に、は「いいから」と微笑んだ。
「絆創膏でも張っとけば治るでしょ、こんな怪我」
……。
………。
……………絆創膏?
「はぁ?」シリウスは素っ頓狂な声を上げる。「絆創膏?お前んちにはこんなにでかい絆創膏があるのか?」
「そ、それはその、繋げて」
「馬鹿。いいから?まれって。取り敢えず向こう側に戻ろうぜ」
シリウスが姫抱きをして持ち上げると、は「にぎゃあ」と奇声を上げて首をぶんぶんと振った。
「ほ、ほんとにいいってば!大丈夫ですから!」
「良くない」
「わたしあなたのこと知らないし!悪いって!」
「悪くない」
「じゃあせめて肩!肩を貸してくださ」
「もう抱き上げたし」
「っ…、ちょっとほんとに」
「ちょっと黙ってろ。あとじっとしてろ」
シリウスはむっと眉を寄せながら、を抱く腕にぎゅっと力を込めた。
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更新いえーい!
テスト期間ながら執筆は止まりません。はい。
ところでシリウスに馬鹿って言われたいわたしは変態ですか。
[080305]