ドリーム小説
火が灯る瞬間の、あの鈍くはじけるような音が。
頭から、消えない。
02. Yeah, I am…
いつのまにか眠っていたらしく、目を開けると陽光が眩しかった。はゆらゆらとした意識のまま目を擦り、朝日に輝く真っ白なシーツを脇へ押しやった。そしてふと気づく。・・・真っ白な、シーツ?
跳ね起きてあたりを見回すと、そこは今までの自分の部屋のふたまわりも大きい部屋だった。ベッドは軋まないし、立派なテーブルも置いてある。窓からはたっぷりと陽の光が差し込んでいた。
―――わたし、どうしちゃったんだろう。
これは夢だろうか。それとも死後の世界だろうか。は昨晩の老人のことをぼんやりと思い出しながら、もしかしたら彼は天国からの使いだったのかも知れないとひとりごちた。
とその時、ベッドの左手、窓がある壁のちょうど反対側にあったドアがぎいと軋みながら開かれた。はっとそちらを見やると、驚いたように少し目を見開いた老人が立っていた。白い髭、半月形の眼鏡。きらきらと光る瞳は、やはり空色に輝いていた。
「もう起きておったのかね」
老人はにっこりと笑うと、の座るベッドへ歩み寄ってきた。「気分はどうじゃ?」と微笑む。
「あ、大丈夫、です」
「それは良かった。仕度が終わったら下においで、朝食が待っておる」
「仕度?」
が首を傾げると、老人はウインクをして洋服タンスの金色の蝶番を引っ張って開けた。「う、わ」とは感嘆の声を上げる。いっぱいに開かれたそこには、スカートやらズボンやら、ドレスまでもがたくさん掛かっていた。試しに引き出しを開けてみると、Tシャツなどもきれいに並んで入っていた。
「全部お前さんのもんじゃよ、。どれでも好きに着ていいんじゃ」
「本当ですか?」
ああ、もちろん、と老人は目を細めて笑った。は嬉しすぎて思わず飛びつきそうになったが、まだ彼の名前も知らなかったことを思い出してぐっと堪えた。と同時に、聞きたいことがふつふつと湧き上がってきて、何から問おうかと口を開きかける。しかし老人はにっこりと笑って、の両肩にそっと手を置いた。
「聞きたいことがあるのはわかる。じゃが、まずは着替えと、朝食じゃ。いいかの?」
もぐもぐとせわしなく咀嚼を繰り返しながら、は改めてじっと目の前に座る老人を眺めた。たっぷりと長い、白い髭(下の方は小さめのリボンで結ばれている)。半月形の眼鏡(フレームはぴかぴかと銀色に光っている)。するすると新聞の文字列を追い掛ける、空色の瞳(ときどき子どものような輝き方をする)。
そして何より奇妙だったのは、彼の服装だった。上から下まで一続きになった、マントの様な服をゆったりと身に纏っている。そして背の高い、青い三角帽を被っていた。魔法使いみたい、とジュンは思ったが、敢えて口には出さなかった。魔法使いなんて、いるわけがないのだから。
老人を眺めるのに飽きて、パンを頬張りながらゆっくりと店内を見渡した。先程老人に言われた通りに階下に降りてみると、食堂のような様子のここに着いた。老人によると、この店は「漏れ鍋」という名の宿らしい。背中が極端に曲がったオーナーのトムさんはとても優しそうな人で、にこにこと朝食を持ってきてくれたのだった。
それにしても、とは首を傾げる。何だか変だ。
賑わう店内には、目の前に座る老人のような服装の人がたくさんいて、楽しそうに談笑している。それに老人や何人かが手にしている新聞の写真は、すべて動いていた。
「もの珍しいかの?」
向かいから声が聞こえて、は老人と目を合わせて「はい」と頷いた。
「こんな雰囲気は初めてだし・・・それに」
そこで言葉を詰まらせると、「それに?」と老人が先を促す。
「何だかみんな、見慣れない服装、です。まるで・・・」
――――まるで、魔法使いみたいな。
またその言葉が頭をよぎり、は小さくかぶりを振った。その様子を老人は楽しそうに眺めて、呼んでいた新聞を畳んでテーブルに置く。すらりと長い指を組ませるとそこに顎を乗せて、静かにを見つめた。眉根を寄せて考え込んでいたと目が合うと、にこりと笑みを零して「そうじゃよ」と静かに言った。
「え?」とが上ずった声を上げる。
この老人は人の心が読めるのか?それに読めたとしても、「そうじゃよ」、って?
「ここにおるみんな、魔法使いなんじゃよ、。みんながの」
呆然とするに、老人はやっと自己紹介をした。
わしの名前はアルバス・ダンブルドア。歳?それは秘密じゃよ(彼のウインクは不思議と不快にならない)。チャームポイントはのう・・・瞳?うむ、瞳か。そうやって褒められたのは初めてじゃよ(素直に喜ばれて、綺麗な瞳だと褒めたのほうが照れてしまった)。マイブーム・・・ふむ。それはずばり、レモンキャンデーじゃな。あの美味しさは何とも言えんのう。・・・おおそうじゃ、食べてみるかの?
ダンブルドアはどこからか木の棒を取り出すと、何気なくひょいと振って見せた。すると、テーブルの上の何もなかったところに、レモンキャンデーとやらがふたつ現れた。はあまりにも驚きすぎて目を見張ったが、ダンブルドアは何でもなさそうにひとつを口に含んで満足そうに頷いた。―――「うん、美味い」。
がねだると、ダンブルドアは小さな魔法をいくつか見せてくれた。最初は半信半疑だったも、ダンブルドアや、楽しそうだねと寄って来た魔法使いたちの見せてくれる魔法を眺めているうちにいつの間にか、本当のことなんだと信じていた。本当の、本当に、魔法なんだ。ダンブルドアは、みんなは、魔法使いなんだ。凄い。
「わたしも魔法、使えたらいいのにな」
が頬杖をついてぽつりと零すと、ダンブルドアは紙の蝶を飛ばすのをやめての顔を見た。店主のトムが満面の笑みで持って来てくれた紅茶を一口すすると、はゆっくりと椅子の背に体を預ける。わたしも魔法を使ってみたい。違う世界に生きてみたい。もうもとの暮らしに戻りたくなんかない。
の視点は、その歳にしては余りにも大人びていた。今まで、絶望することが多すぎた。この世界に慣れすぎてしまった。振り返る思い出は、みんなくすんで見えてしまう。庭中をしなやかに駆け抜けるドーベルマンの艶やかな茶と黒の毛並みも、従姉妹たちの鮮やかなブロンドも、伯父の淡いグリーンの瞳の色も。
――――伯父。
おじさん、おばさん、あのこたち。ははっとしたように顔を上げると、ずいとテーブルに乗り出した。
「あの!あの人たちは・・・無事なんですか?」
「あの人たち・・・ああ、おぬしの伯父一家のことかの?」
「そうです」
ダンブルドアはすい、と目を細めると、「大丈夫じゃ。何ともない」と囁くように言った。
「本当に?」舌がもつれそうになる。「煙を吸いすぎて死んじゃったとか、ないですよね?」
「あの一家も、隣人もみんな無事じゃよ。火もあの後すぐに消し止められたそうじゃ」
ダンブルドアがもう一度確かに頷くと、は気が抜けたように再び背もたれにもたれた。そしてふと零す。
良かった、と。
良かった。本当に良かった。
何故酷い仕打ちを自分に与え続けてきたあの一家の安否をこんなにも心配するのか自分でもわからないが、はひとまずほっと息を吐いた。わたしのせいで、人が死ななくて良かった。あの家族が死ななくて良かった。ドアの隙間から見やったリビングは、いつも楽しげに華やいでいたから。
涙まで出そうになるのを堪えて、それをごまかすようにはティーカップの傍の小皿に手を伸ばした。盛られたクッキーの最後のひとつを摘まもうとすると、しわしわの手がそれをさらった。
「これを食べる前に、ちょいと聞いてほしいことがあるんじゃ」
の訝しげな目に困ったように微笑んで、ダンブルドアはクッキーを小皿に戻した。そして「のう、」と切り出して、彼はしばらくを見つめた。
「何でしょうか、ダンブルドア」
「・・・先程の自己紹介でひとつ、言っておらんかったことがあるんじゃ」
「・・・言ってなかった、こと?」
ダンブルドアは神妙な面持ちでうむ、と頷くと、胸ポケット(らしきところ)から封筒をひとつ取り出しての目の前にそっと置いた。はただならぬ空気に緊張しつつ、そっとそれを覗き込む。
「・・・・・・・って、わたしに?」
促されるまま開封すると、上質な厚めの便箋が入っていた。開いてみると、綺麗な筆記体が流れるように書いてある。は一通り目を通して、顔を上げた。
「おっと。、目玉が零れ落ちそうじゃよ」
くすくすとダンブルドアが笑うが、はそんなことはお構いなしで彼と便箋を交互に見た。
「こ、これ・・・入学許可しょ・・・ホグワーツって、」言葉が詰まる。「校長先せ、ダンブルドア・・・え、え」
「いかにも。わしがホグワーツ魔法魔術学校校長、アルバス・ダンブルドアじゃ」
ああ、だから色んなことを知っているんだ。そういう偉い人、偉い魔法使いだから。だからあの一家の安否やら、わたしの居場所やらフルネームやら、何もかも、全て。ならわたしの両親のことも知っている?大体魔法学校って何?わたし魔法が使えるようになったりするの?
たくさんの言葉が冷静に、でも困惑を撒き散らしながら頭の中をぐるぐる回る。
えっへん、と胸を張るダンブルドアを、は呆然と見つめた。
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はい、2話ですが。まだ犬が出てきません。きゃあ!
この話は、校長せんせを書くのが何だかとても楽しかったです。彼のキャラ好きだ。
[080207]