ドリーム小説
新しい町、新しい生活、新しい風、新しいにおい。
わたしはどこへ行くのだろう、どうして生きて行くのだろう。
―――そうして、ここへ行き着いた。
04. The morning like dream.
がたごととトランクのタイヤを石畳にとられながら、は必死に急な坂を上っていた。振り返ると、傾斜に立ち並ぶ可愛らしい町並みと、どこまでも続きそうな海と地平線が見渡せた。潮風がふわりと髪をなびかせる。ふう、と一息吐くと、また夏の日差しの中目的地を目指す。
「ここ、かな?」
はあるアパートメントの前で立ち止まった。それは通り沿いの左手にあって、左隣がパン屋が入ったアパートで、右隣は小さなお菓子屋(「本日のお菓子はチェリーパイ!」)だった。
「綺麗な建物だなー・・・」
白い漆喰の壁に、緑色の窓枠で縁取られたどの窓辺にも花が飾られている。は純ヨーロッパ風のアパートメントを一通り眺めたあと、よし、と決心したように頷いた。
「えーっと、大家さんは・・・」
一歩入ってみると、少しのかび臭さが鼻をかすめる。正面には美しいラインを描いた手すりの階段が伸びており、それはすぐ左に折れて上階へと続いていた。
ドアを閉めてすぐ右手に、小さな窓があった。覗き込むと、どうやら事務所らしい。「すみませーん」と呼んでみると、「はーい」と声が聞こえて初老の女性がぱたぱたと走って来た。どうやら大家らしい。
は彼女の老いながらも若々しい印象の表情を見て、ほっと息を吐いた。彼女はにこにこと笑っていて、義伯母とは似ても似つかぬ雰囲気だったからだ。少しぽっちゃりしてはいるけれど、小柄で、髪は輝くブロンドだった。
「こんにちは。今日からお世話になります、・です」
「ええ、聞いているわ。わたしは大家のルーシーよ。ルーシー・フェリス」
ルーシーは何とでも気軽に呼んで、と片目を瞑ってみせると、のトランクをよっこらせと持ち上げて階段を上り始めた。は遠慮したが、ルーシーは「へいきへいき」と笑う。
「あなたの部屋は3階の1号室。ウチはひとつの階に部屋がふたつなの。建物自体小さいからね」
ルーシーはそう言って笑うと、部屋の前に着くなりどん、とトランクを置いた。
「この町はね、建物と建物の間が狭いのよ。山の傾斜に沿っているし・・・海辺の町って感じでしょう?」
「でも潮のかおりがいつもして、波の音がずっと聞こえてる。とっても素敵なところですね」
がにっこりと笑って言うと、ルーシーも嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。ここに住むみんな、この町が好きなのよ。そう言ってもらえて嬉しいわ」
先程は額に汗を滲ませて上った坂を、今はTシャツにデニムの短めのズボン、サンダルという軽装で楽々と下っていた。また潮風がふわりと頬を撫でて、空を見上げる。こんなに穏やかな夏の午後など、今まで知らなかった。わたしは今、違う世界にいる。
石畳の坂を下り終わると、海辺に面した一本の大通りに出た。こちら側には右から左から見渡す限りに密集したアパートや商店があり、広い歩道がある。道路に面した広場(石畳が円のように敷き詰められていて、噴水もある)があって、道路の向こう側は低い堤防を越えた先に広い砂浜と海しかなかった。
「やあ、見慣れない顔だな?」
声が聞こえて振り返ると、白いキャスケットを被って所々に染みのついたエプロンをしたおじさんが立っていた。
にっこりと笑って、口元には白い髭を蓄えている(ダンブルドアほどではないが)。
「ええ、今日この町に越して来たんです」
「今日?それじゃあ君かね、ルーシーさんとこに来るって言ってた・・・」
「です」
「そうそう、だ」おじさんはにっこりと笑って言う。「わしは、そこのパン屋の主人のフランクだ」
――――よろしくな、そうだ、パンでもやろうか。よし、おいで。
はおじさん、もといフランクの勢いに乗せられるがままにその後ろをついて行った。
「どうだ、美味しいかい」
「はい、とっても!」その表情を綻ばせて、は答えた。「すごく美味しいです!」
「そりゃあ良かった」
フランクは最近出てき始めたお腹をさすりながら、肩を揺すってわははと笑った。は何個目になるかわからないパンを手に取ると、また齧り付いた。こんな風にパンを頬張るのは、いつ振りだろう。
ふと窓の外に目をやると、道路と歩道の間に広がる広場が目に入った。
「そういえばこの広場、とても広いですね」
「ああ」フランクはの視線を追って窓の外を見る。「毎週日曜、朝市が開かれるんだ」
「朝市?」
「そう。隣町やもうちょい向こうの町から、果物や魚なんかを売りに来る。うちの町でも手に入るものもあるんだが・・・・・・何せちっこい町なもんでな。よそからのもんでまかなっとるんだ。まぁそれだけじゃなく、変わった雑貨やらも売りに来るがな。なかなか面白いぞ」
こじんまりとしたパン屋の前のベンチで相も変わらずパンを食べ続けながらふと目を上げると、燃えるような夕焼けが目の前に広がっていた。手前の広場が、道行く人の輪郭が、そして海が、何とも言えない色に染まっている。
「砂浜に行って来たらどうだ?」
からんころんとドアのベルを鳴らして、フランクが店内から顔を覗かせた。
「この時間はな、砂浜も茜色に染まってそりゃあ綺麗だぞ」
「うわ、すっごい・・・」
堤防に腰掛け、ジュンは、感嘆の声を漏らした。ぶらぶらと足を交互に揺らせて、砂浜の端を捜そうと見渡してもそれを見つけられず、また地平線を眺める。沿岸沿いを走る道路を抜けて隣町に出ても、きっとこの砂浜はどこまでも続いているのだろう。知らない町、知らない景色・・・・・・、だけど。はふと息を漏らした。
今は7月の暮れ、これから9月まで、ほぼ1か月暮らしてゆく5階建ての小さなアパートメント(どこか暖かで、部屋の床が木であるのをはとても気に入った。淡いブルーの壁紙は、ルーシーの好きな色だという)。
そこを経営する、気さくなマダム(ダンブルドアはルーシーのことを、自分の友人の知り合いだと言っていた)。
優しくて親切で、朗らかなフランクおじさん。夕陽色の砂浜、ミルク色の町並み。緋色の地平線。
口元を緩めると、は両手を後ろについてゆっくりと空を仰ぎ見た。
「・・・いいところですね、ダンブルドア先生」
―――――本当に、いいところ。
はふわりと口角を持ち上げると、もう一度小さく息を吐いた。
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Post Script
やっとこさ新しい生活の始まりです。「こんな町に住みたいなぁ」って考えながら書いていました。
町の描写が拙くてすみません……ニュアンスだけでも伝わればいいなと。
西洋風の海辺の町をお好きに想像してください。
[080210]