ドリーム小説
今考えれば可笑しいね
全然わからなかったんだ、あの時
あんな綺麗な灰色は、あなたしか有り得ないのに
05. Yes, Yes, I know.
じゃり、と砂を踏むような音がして、ははっと右横を見た。
音を立てた張本人も、はたと足を止める。は小首を傾げると、びっくりした、と笑みを零した。
「なぁんだ、犬かぁ・・・ね、こっちおいで。食べ物は何も無いけど」
張本人というか、張本犬、かな?はそう考えてくすりと笑う。
堤防の幅より少しだけ細いくらいの体つきの、大きな、大きな黒い犬。あの忌々しいドーベルマンたちとは違って、ふさふさとした艶やかな毛並みの、狼のような犬だ。瞳は夕陽色に輝いていて、もとの色がわからない。
が臆せず手を伸ばすと、黒い犬はびくりと体を震わせて低く唸った。
「・・・うーん、怖がらせようと思ったんじゃないんだけどなぁ」
は困ったように笑うと、また海の方へ体を戻した。黒い犬も、つられたようにそちらへ顔を向ける。ちらりと横を見やったりしていたが、が何もして来ないのがわかると少し距離を置いて大人しく座った。
「綺麗だよね」、とが独り言のように呟く。
犬は静かに黙ったまま、遠くの地平線をじっと眺めている。
「あれ、おまえもこっちなの?」
そろそろ暗くなってきたなとが堤防から飛び降りると、犬もひょいと身軽にそれをした。広場を横切って坂に差し掛かったところで、振り返る。すると3メートルほど離れたところで、犬がふと足を止めた。
がじっと黙っていると、犬もじっとそこを動かない。諦めて歩き出すと、また後ろから犬の爪が石畳に当たる軽い音が耳に届き始めた。
野良犬、なのだろうか。それにしては毛並みが良すぎるような・・・。
はうーん、と首を傾げながら、ゆったりとした足取りで坂を上っていく。興味を引かれたものにはたと立ち止まると、背後の足音が止まる。また歩き出すと、ちゃっちゃっちゃっと規則正しい足音がついてきて、ふと頬を緩めた。
アパートメントのドアを開け、「じゃあね」と言おうと振り返ると、黒い犬は驚いたようにそこに立ちすくんでいた。夕闇のせいで、瞳が薄青く光っている。がドアを開いたまま首を傾げると、犬は躊躇うようにこちらにやって来て、中に入った。
「え、ここに住んでるの?」
が驚いて尋ねるも、犬はもう迷いのない足取りで階段を上がっていく。
「ちょ、待ってよ!」
慌ててあとを追い掛けると、階下からルーシーが「、おかえりーどうかしたのー?」と声を掛けてきたので、は大声で「ただいま!大丈夫、何でもないよ!」と返事をしておいた。
「・・・こんな偶然ってあるの?」
は、たった今犬が消えていったドアを見つめ、呟いた。階段を駆け上がってふと3階、つまり自室がある階を見やると、黒い犬が器用に前足でドアノブを引っ掛けて中へ入って行ったのだ。鍵は開いていたのだろうか。飼い主が開けっ放しにしているとか?
隣に誰かが住んでいるだなんて、ルーシーさん、言ってたっけ。はふう、と疲れたように息を吐くと、ポケットに手を突っ込んで鍵を探し始めた。
「、おはよう。よく眠れた?」
「あ、ルーシーさん・・・おはようございまーふ・・・」
「何だか眠そうね?」
「はい・・・いつも朝はこんななんです、」
本当は。と言い掛けて、はふと口を噤む。小窓を覗き込んでいた顔を上げてドアを開けると、「行ってきまーす」と努めて明るく言って朝の町に繰り出した。
「おはようございまーす」
「おう、。おはよう!朝飯かね?」
「はい。それと、昨日はご馳走様でした」
がぺこりと頭を下げると、フランクはわははと豪快に笑った。
「いいんだよ。それより、ちょうど今焼きあがったとこだ」
そう言って厨房に引っ込むと、2本バゲットを持って来てどんとカウンターに置く。「ちょいと安くしてやるよ」とフランクが片目を瞑る。は遠慮をするのはやめて、素直に「ありがとうございます」と笑った。
「やっと素が出て来た、って感じか?」
「え?」
「お前さん、本来はもっと弾けた奴なんだろう。わしにはわかるぞ」
くすくすと笑いながら、フランクはバゲット2本に手際良く店のロゴが入った薄い紙を巻いた。は呆然と口を開けていたが、苦笑いを零すと、恥ずかしそうに口を開いた。
「人見知りなんです、わたし」
は昨日と同じような位置で堤防に腰掛けて、まだ暖かいバゲットを小さくむしっては口に運んでいた。砂が付いてしまうからと、1本はフランクのところに預けてきた。
――――本当は、朝が苦手で、寝起きが悪い。本当は、お喋りで、馬鹿みたいに明るい。俯いて歩いたこともないし、ましてや人見知りなんてしたことがない。
自分のそんなところは、物心がついたときからずっと自負していた。孤児院でも常にみんなの笑いの中心にいた、それなのに。やはりあの一家での4年間は、わたしを明らかに変えてしまっていたんだ。
けれど、人の目にもわかるほど、昨日のわたしと今日のわたしは、違う。わたしはまた、自分に戻ることが出来るんだ。そして新しい自分になっていける。この町で、そして、ホグワーツで。(そうだよね?)
しかし、ひとつ。ひとつだけ、気掛かりなことがひとつあった。・・・それはやはり、あの晩のことだ。
念じるだけで、火が上がった。それは次第に広がって、屋敷全体を燃え尽くそうとしたのだ。一歩間違えれば、多くの人間が死んでいてもおかしくはなかった。感情が昂ぶるだけであんなことが起こるなんて、わたしの力はもしかしたら、危険なんじゃないだろうか。こんなことで、これから先色んな人に出会ったとして、その人たちを危険に晒さないでいられるだろうか。
とめどなく思考が溢れる。もしここに父が、母がいたら、どうやってわたしを説き伏せてくれるだろう?
―――あのボッという、鈍く爆ぜるような音が、頭から消えない。
赤く紅く朱く、世界を染める、炎。
はぎゅうときつく両目を瞑ると、狭い堤防の上で膝を抱えた。唇を噛み締めて、きらきらと朝陽に輝く地平線を眺めて目を細める。もっと、もっと遠くへ。それでもこの渦巻くような心は収まらないのも、またわかっている。
そうしてまた、じゃり、と聞いたことのある音が右から聞こえた。
今度はがびく、と肩を震わせて、はっとそちらを見る。黒い前足が見え、綺麗に整った鼻がしっとりと濡れている。その正体はやはり、昨日出会った大きな黒い犬だった。
「あー・・・、」はへら、と笑みを浮かべてそちらを見て言う。「おはよう」
はそう言ってからすぐにまた正面を向いたが、じっと横顔に視線を感じてもう一度横を見た。
「ね、どうしたの?何でそんなに見て―――――、」
そこでは言葉に詰まった。犬との距離は人一人分ほどで、昨日より明らかに近くなっている。だがそれは今はどうでもいい。は黒い犬の瞳に、釘付けになっていた。昨日は夕陽や薄闇のせいでわからなかったが、今は透明な朝陽のせいで、本来の色が分かる。・・・・・・犬の瞳は、透き通るような灰色だった。
その瞳にじっと穴が開くように見つめられて、は何も言えなくなってしまった。そしてゆらりと目を彷徨わせると、また逃げるように波を見やった。
夏の朝。この国では湿気などささやかなものでしかないはずなのに、首のうしろにじわりと汗が滲むのが自分でもわかった。緊張からなのか、居心地の悪さからなのか。
はゆるく首を振り、砂浜に飛び降りた。
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犬登場です!でも犬は犬の姿です!(黙れ
でも早く人の姿の犬が書きたくて書きたくて仕方がないのにここまで粘った自分に拍手です。(←
たった5話ですけど、凄く我慢してますね!ぬん!(…)
[080210]