ドリーム小説 朝のにおいが小鳥を空へ解き放つ
香ばしいかおりはいつもわたしの頬を撫でる

そうして、舞い上がる白い幕が、あなたをつれてきた






06. Say, who are you?






「よっし!」

不思議そうに見つめて来る犬に微笑みかけると、さっさとサンダルを脱ぎ捨てる。
「ちょっと遊んでくるね。おまえも行く?」
がにやりと笑ってそう言うと、犬はついと目を逸らした。いつも通りの無愛想な反応。
「つまんないの」と呟くが、一歩踏み出せばそんなことはどうでもよくなった。



黒い犬とは、何日か経つうちに親しくなっていった。―――とは言っても、が一人で話し掛けているだけなのだが。それでもは友達が出来たような気がして、嬉しかった。

『わたし、っていうの。。よろしくね』

そうが自己紹介をしたときも、黒い犬はいつかしたようにじっとの目を覗き込んでいた。本当は犬の名前も聞きたかったけれど、犬と話など出来ないので諦めた。かといって名前をつけることもせず、「ねぇ」とか「わんこ」とか適当に呼ぶようにしていた。


犬は時々、静かに遠くを見つめることがある。
潮風に漆黒の毛並みがさらさらと揺れて、はその美しさに時折目を細めた。犬の灰色の瞳を見つめるたび、その深さに何か悲しげな心を覗くこともあった。
しかしそれと同時に、は自分と同じものをそこに感じて、ふと安心することもあった。






一歩一歩、何かを確かめるかのように歩く。
ふと立ち止まって、じっと遠くを見やる。本物の海を見たのは、思い返せばこの町に来た日が初めてだった。テレビや写真で見たことはあっても、本物の波音を聞いたのは、正真正銘、あの日が初めてだったのだ。それなのに、何の抵抗もなく、こうして自分は受け入れ、また受け入れてもらった。


は小さく鼻歌を歌いながら、それに合わせてステップを踏んで砂浜を歩いた。
気まぐれな黒い犬は、先程堤防を道路側へ飛び降りてどこかへ行ってしまったらしい。



―――まぁいいや、あとで捜そう。


素足にひやりと砂の柔らかさを感じながら、は前を向いてサンダルを両手ずつ指に引っ掛けながらぶらぶらと歩いていた。そろそろパンを受け取りに行こうかな。そう思ってまたもとの地点に戻り始める。
あと少しで堤防という、そのとき。


「いっ・・・!・・・たー・・・」


左足の裏に、確かな痛みが走った。
どうやら貝殻の破片を踏んだらしいと、は瞬時にそう思う。
歩いているとところどころにそんな破片をたくさん見つけ、注意して歩いていたのに。足元を見るのをいつしか忘れてしまっていたことに、は少なからず後悔をした。


「結構痛い・・・あー、もう・・・」


は確かめるように足の裏に手をやると、手についた血を見て顔をしかめた。しかもこの感触、まだ破片が刺さってる?ゆっくりと立ち上がるが、かなり痛くてまたしゃがみ込んだ。堤防まで歩いていく気も起きず、そこへ飛び上がる気力も無くて、痛みが引くまでここにいようとその場に座り込んだ。


ざわざわと、堤防の向こうから朝の喧騒が聞こえてくる。


「・・・今日こそは2年生の教科書に手をつけようと思ってたのに」
海の方を向いて体育座りをして、両腕に顔を埋める。
「ほんとにもー・・・」
ぶちぶちと文句を言っても始まらないのはわかっていても、ずきずきと押し寄せる痛みはすべてに対するやる気を喪失させた。



―――と、その時。
さわりと潮風が髪を揺らしたかと思うと、ざあっと音がして砂が巻き上がった。
は顔を上げかけたが、押し寄せてくる砂埃にまた顔を伏せ、ぎゅっと目を閉じた。素足の上をさっと白い砂が撫でて行く感触がして、一瞬痛みを忘れた。





ふいに静かになって、はそろそろと顔を上げる。
その瞬間、先程よりかは弱いが、普通よりは強い風がざっと吹いた。辺りに、白い幕のように砂が巻き上がる。
さく、と音がして、はふと後ろを振り向いた。砂埃の向こうに人影が見えて、は目を細める。



「大丈夫か?」



人影が呟くように言う。
砂埃が引くと、と同世代(にしては大人っぽい?)の少年がそこに立っていた。その表情は少し気まずそうで、わずかに眉が寄せられている。


黒い髪、大きいけれど切れ長の目、通った鼻筋、形のよい唇。彼の顔立ちは、完璧だった。
しかしはそれには少しも反応しない。同世代の男の子を、しっかりと見つめたことがないからかも知れない。何せ学校では、いつも目を伏せて歩いていたのだ。しかし、綺麗な顔立ちだなー・・・とは思った。



誰?この子、誰だろう。・・・きょとんと彼を見ていたは、ふと首を傾げ、口を開いた。





「あなた、誰?」







Post Script
遂に!遂にここまで来たようわーい!(…)
人間わんこ登場です。ようやくだよ。6話にしてやっとだよ。
よし、頑張ろう。

[080217]